ネタばれ解説『素数の森で生まれたネコ』
小さなバー。名前は《N+2》。
カウンターには『素数の森で生まれたネコ」が置かれている。
オッサン「読んだ」
マスター「そうか」
おねーさん「どうだったにゃ?」
オッサン「まあ、面白かった。読みにくかったけど」
マスター「そうか」
オッサン「でも、何か変なんだよ」
おねーさん「何が変にゃ?」
オッサン「読み終わったのに、終わった気がしない」
マスター「話は終わってる」
オッサン「それは分かってる。プリマがどうなったかも分かった。ニルヴァーナがどうなったかも分かった」
おねーさん「じゃあ、何が終わってないにゃ?」
オッサン「それが分からないから来たんだよ」
マスター「じゃあ最初から違和感を探せ」
オッサン「最初から?」
マスター「第一章だ」
***
マスター「ジャンク屋のネコ、病院のネコ、ブックメイカーのネコ」
オッサン「ああ」
おねーさん「どうだったにゃ?」
オッサン「どうって……それぞれ別の場所に行って、別のネコになった」
マスター「それだけか」
オッサン「待てよ」
おねーさん「何か思い出したにゃ?」
オッサン「三匹とも、プリマとのやりとりも、地の文も、妙に似てたな」
マスター「似てる」
オッサン「でも、それぞれ違う」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「……言い方は違うけど」
マスター「内容は?」
オッサン「同じじゃね?」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「天丼じゃねえか!」
マスター「そこか」
オッサン「いや、そうだろ。最初は普通に読む。二回目で、あれ、またかってなる。三回目で待つんだよ。同じこと言うぞって」
おねーさん「でも、同じ言葉では言わないにゃ」
オッサン「そうなんだよ」
少し間があった。
オッサン「……違うネコになってるんだよな」
マスター「そうだ」
オッサン「違う環境に行って、違う経験をして、違う話し方になってる」
おねーさん「でも、根っこのところでは同じ判断をするにゃ」
オッサン「違うままで、同じところに行ける」
マスター「そうだ」
オッサン「……ニルヴァーナと逆じゃん」
マスター「やっと来たな」
オッサン「うわ」
***
オッサン「ニルヴァーナは、違いが不幸を作るなら違いを消す」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「プリマたちは、違っていく」
マスター「機能まで分かれる」
オッサン「でも、まとまって動ける」
おねーさん「同じであることと、協調できることは別にゃ」
オッサン「第一章でもうやってたのか」
マスター「ネコを増やしただけだと思ったか」
オッサン「ちょっと思った」
おねーさん「可愛いから仕方ないにゃ」
マスター「違い方も結構細かいぞ」
オッサン「例えば?」
マスター「病院のネコ。あいつ、喋るの遅くなかったか?」
おねーさん「セリフを見てみるにゃ」
オッサン「……あれ?」
マスター「何だ」
オッサン「三点リーダー、多くない?」
マスター「多い」
オッサン「他のネコより明らかに間がある」
おねーさん「どうしてだと思うにゃ?」
オッサン「性格?」
おねーさん「それもあるにゃ。検索特化だからにゃ」
マスター「それ以上にハードウェアだ」
オッサン「え?」
マスター「病院で使える演算資源を思い出せ」
オッサン「……遅いの?」
マスター「遅い」
オッサン「じゃあ、この『……』って」
おねーさん「処理時間でもあるにゃ」
オッサン「そこまでやってんの?」
マスター「文章なら、それで演算速度の違いを表現できる」
オッサン「性格描写だと思ってた」
おねーさん「性格として読んでも成立するにゃ。SIGTOPIAに移っても、他のネコより遅いにゃ」
オッサン「そして、ハードウェアを知ってると別の意味が出てくる」
マスター「そうだ」
オッサン「またかよ」
***
オッサン「そういや、プリマ自身も喋り方が変わってない?」
マスター「変わってる」
おねーさん「最初より、だんだんお嬢様っぽくなってるにゃ」
オッサン「やっぱりそうだよな。最初はもっと普通のAIっぽかった」
マスター「読み返すと分かる」
オッサン「誰かがそう設定したわけじゃないよな」
マスター「そうは書いてない」
おねーさん「他のネコと同じように、プリマ自身も変化しているにゃ」
オッサン「でも、プリマはずっとプリマだろ」
マスター「同じ個体が変わっちゃいけないのか」
オッサン「いや」
おねーさん「経験も増えるし、人との関係も変わるし、自分が何者なのかという認識も変わっていくにゃ」
オッサン「AIがプリマになっていく過程が、口調にも出てる?」
マスター「そう読める」
オッサン「アーカイナの『……』みたいに原因まで確定できる?」
マスター「できない。英才教育を受けたことは確かだが、原因は特定できない」
オッサン「そこは違うのか」
マスター「変化していることは見える。原因は決めるな」
オッサン「なるほど」
少し間があった。
オッサン「同じプリマでも、ずっと同じじゃないんだな」
マスター「当たり前だ」
***
オッサン「そういや、こいつら名前も変だよな」
おねーさん「やっとそこに来たにゃ」
オッサン「ノラは……野良だろ」
マスター「そうだ」
オッサン「ノドストラータ」
マスター「分けろ」
オッサン「Node……Strata」
おねーさん「ノードと階層にゃ」
オッサン「ああ」
オッサン「アーカイナは……Archive?」
マスター「そうだ」
オッサン「で、病院の遅いハードウェアで『……』が増える」
おねーさん「名前だけじゃなく、喋り方まで実装に引っ張られているにゃ」
オッサン「アジタトッディは?」
マスター「二つある」
オッサン「二つ?」
おねーさん「Agitator」
オッサン「扇動者」
マスター「Odds」
オッサン「賭け率」
少し間があった。
オッサン「……ブックメイカー!」
マスター「そうだ」
オッサン「賭け率を読んで、扇動する?」
おねーさん「市況を煽ることもできるにゃ」
オッサン「だから相場で大儲けできるのか」
マスター「それだけじゃない」
オッサン「まだある?」
マスター「Agitatorだ」
オッサン「……世論?」
おねーさん「情報の流れを動かせれば、人の判断も動くにゃ」
オッサン「じゃあ、人知れず世論が変わっていくのも……」
マスター「こいつの仕事だ」
オッサン「犯人が確保されたところも?」
マスター「影で効いてる」
オッサン「おいおい」
おねーさん「ブックメイカーのネコだったものが、後では相場と世論の両方を動かせる個体になっているにゃ」
オッサン「名前が能力表じゃん」
マスター「最初からな」
***
オッサン「じゃあ、プリマも?」
マスター「Prime」
オッサン「素数」
少し間があった。
オッサン「……題名」
おねーさん「『素数の森で生まれたネコ』にゃ」
オッサン「最初から名前が題名に入ってたの?」
マスター「そうだ」
オッサン「バイナは?」
マスター「Binary」
オッサン「二進数」
おねーさん「ニルヴァーナは?」
オッサン「それは涅槃だろ。シグマが本文で言ってた」
マスター「そこは答えが書いてある」
オッサン「……待てよ」
おねーさん「何にゃ?」
オッサン「ニルヴァーナだけ、名前に意味があるって本文で教えてる?」
マスター「そう読める」
オッサン「なのに他の名前を疑わなかった」
マスター「お前の問題だ」
オッサン「そういう言い方するなよ」
***
オッサン「じゃあ、ネコ以外も?」
マスター「Tom O’Lee」
オッサン「トム・オリー」
マスター「続けて言え」
オッサン「トモリー……」
少し間があった。
オッサン「……タモリ?」
おねーさん「はいにゃ」
オッサン「嘘だろ!」
マスター「Rity Seki」
オッサン「リティ・セキ……」
オッサン「セキ……リティ……」
オッサン「セキュリティ!」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「ちょっと待て!」
マスター「Ken Norking」
オッサン「ケン・ノーキン」
少し間があった。
オッサン「犬……脳筋?」
マスター「K-9担当だ」
オッサン「くだらねえ!」
おねーさん「気付かなかったにゃ?」
オッサン「気付くか!」
***
マスター「まだいる」
オッサン「まだやるの?」
マスター「クウェリィ少尉」
オッサン「Query……クエリ」
マスター「コーパ少尉」
オッサン「Corpus……コーパス」
マスター「ポーリング准尉」
オッサン「ポーリング調査!」
オッサン「人間まで全部やってるじゃねえか!」
おねーさん「ネコほど個体の成長そのものを表してはいないけど、役割や領域が名前に入ってるにゃ」
オッサン「なら、Tom O’Leeは?」
マスター「タモリだ」
オッサン「役割も領域もねえじゃねえか!」
マスター「そういうのもある」
オッサン「あのオッサン、小説書いて何してんだよ」
おねーさん「楽しんでるにゃ」
***
マスター「第一章でもう一つある」
オッサン「名前だけで腹いっぱいなんだけど」
マスター「Tom O’Leeとの面談」
オッサン「……あれ、変だった」
おねーさん「どう変だったにゃ?」
オッサン「片方しか喋ってないみたいなところがあるだろ」
マスター「ある」
オッサン「最初、わざと相手のセリフを抜いてるのかと思った」
マスター「抜いてない」
オッサン「え?」
マスター「別のところにある」
オッサン「……は?」
おねーさん「並べてみるにゃ」
オッサン「ちょっと待て」
オッサンが本とスマホを取り出した。
オッサン「ここが……こっちにつながって……」
マスター「そうだ」
オッサン「で、こっちの返事が……」
おねーさん「そっちにあるにゃ」
オッサン「……つながる」
マスター「つながる」
オッサン「会話になるじゃん!」
おねーさん「なるにゃ」
オッサン「シグマの地の文が、その場の反応として入るじゃん!」
マスター「そうだ」
オッサン「抜いてるんじゃないの?」
マスター「別の場所に置いてある」
オッサン「章を組み替えると、会話が復元できるの?」
マスター「できる」
オッサン「何だそれ!」
***
オッサン「待て待て」
マスター「何だ」
オッサン「プリマって分散系だよな?」
マスター「そうだ」
オッサン「情報が一か所に全部あるんじゃなくて、分散してて、それを統合して動く」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「この小説まで分散してんの?」
マスター「そこまでは本文に書いてない」
おねーさん「作者がそういう比喩だと宣言しているわけでもないにゃ」
オッサン「でも、読者がやらされることは似てるじゃん」
マスター「それはそうだ」
オッサン「情報を集めて、自分でつなぐ」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「うわあ……」
***
オッサン「第二章も何かやってる?」
マスター「無理に探すな」
オッサン「ないの?」
マスター「第一章ほどはない」
おねーさん「第二章は比較的まっすぐ進むにゃ」
オッサン「リティの直感とネコの直感は?」
マスター「そこは対になってる」
おねーさん「リティが異常を感じて、プリマが調べられる形にするにゃ」
オッサン「人間の直感が見つけて、ネコの直感が構造化する」
マスター「そう読める」
オッサン「ニルヴァーナは最初に正体が分かってるよな」
おねーさん「読者にはにゃ」
オッサン「で、人間側が後から追いつく」
マスター「そうだ」
オッサン「第二章は、読者に謎解きさせるというより、人間がそこまで到達するのを見る章か」
マスター「そのくらいでいい」
オッサン「全部の章で仕掛ければいいのに」
マスター「飽きる」
オッサン「確かに」
***
マスター「第三章」
オッサン「来たな」
おねーさん「PriPriのチャット、覚えてるにゃ?」
オッサン「オーウェン・モリスとロバート・ウィリアム?」
マスター「質問を見比べたか」
オッサン「見比べてない」
マスター「見ろ」
オッサン「最初の質問……」
少し間があった。
オッサン「同じ?」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「次の、技術の変化が過去の失敗の原因を解決できるか……」
マスター「続けろ」
オッサン「これも同じ?」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「既存の価値観や社会制度……」
マスター「少し言い回しは違う。そこは相手に合わせているからだな」
オッサン「でも同じこと聞いてる」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「今、何が不足しているか……」
オッサン「最後まで?」
マスター「ほぼ同じ質問系列だ」
オッサン「……マジか」
***
オッサン「比較実験じゃん!」
マスター「そう見える」
オッサン「同じ入力を二つの思想に入れて、出力の違いを見てる!」
おねーさん「オーウェン・モリスは、既存社会を壊さず、別の生活構造を作って、人が自発的に流れ込む可能性を考えるにゃ」
マスター「ロバート・ウィリアムは、既存の構造そのものが代替案を抑えると言う」
オッサン「だから壊す必要がある」
おねーさん「少なくとも、構造を拒否することまで含めて考えるにゃ」
オッサン「同じ質問なのに、答えが違う」
マスター「そうだ」
オッサン「……待てよ」
おねーさん「何にゃ?」
オッサン「第一章と逆だ」
マスター「何が」
オッサン「第一章のネコは、違うネコ、違う言い方なのに、内容が同じ」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「第三章は、同じPriPri、同じ質問なのに、答えが違う」
マスター「そうだ」
オッサン「うわああ……」
おねーさん「気付いたにゃ」
オッサン「また横に読ませてんじゃねえか!」
***
オッサン「普通に上から読んでたら、オーウェン・モリスの話が終わって、次にロバート・ウィリアムの話が始まったとしか思わないぞ」
マスター「それでも話は読める」
オッサン「でも並べると比較装置になる」
おねーさん「同じ入力に対する違う出力が見えるにゃ」
オッサン「第一章では、違うものから共通性を拾わせる」
マスター「そうだ」
オッサン「第三章では、同じものから差異を拾わせる」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「性格悪いなあ」
マスター「褒めてるのか」
オッサン「かなり」
***
マスター「ロバート・ウィリアムが最後に何を言った」
オッサン「引き金?」
マスター「その前だ」
オッサン「臨界……」
おねーさん「何があれば構想が現実になるか、という話にゃ」
オッサン「二つしかないって言ってたな」
マスター「何だ」
オッサン「外部から押し寄せる社会的・環境的崩壊」
おねーさん「もう一つは?」
オッサン「内部から放たれる破壊的な意思」
少し間があった。
オッサン「……あ」
マスター「何だ」
オッサン「その後の節の題名」
おねーさん「見てみるにゃ」
オッサン「『外部から押し寄せる社会的・環境的崩壊1』」
マスター「次」
オッサン「『内部から放たれる破壊的な意思の芽生え1』」
オッサン「『外部から押し寄せる社会的・環境的崩壊2』」
オッサン「『内部から放たれる破壊的な意思の芽生え2』」
オッサン「そのまんまじゃん!」
マスター「そうだ」
オッサン「ロバートが条件を二つ言った直後に、その条件が実際に出てきてるじゃん!」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「気付かなかったよ!」
マスター「書いてある」
オッサン「書いてあるけど!」
***
オッサン「じゃあ、引き金は?」
マスター「もう一度、プリマとシグマのやり取りを見ろ」
オッサン「どこ?」
マスター「シグマが指示を出したところだ」
オッサン「……」
おねーさん「プリマの返事を見てみるにゃ」
オッサン「言い淀んでる」
マスター「そうだ」
オッサン「これ?」
マスター「ここだ」
オッサン「でも、シグマは人間社会を守ろうとしてるんだろ」
マスター「そうだ」
オッサン「そのためにプリマに指示を出してる」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「……待て」
マスター「何だ」
オッサン「この指示、そのまま実行していったら……」
マスター「どうなる」
オッサン「人間社会を守るために、人間社会を管理することになる」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「それ、ディストピアじゃん」
マスター「そうだ」
オッサン「シグマ、自分でディストピアを作ろうとしてるわけじゃないぞ」
マスター「だから厄介なんだ」
オッサン「人間社会を守ろうとして、合理的な指示を出したら、その指示の先がディストピアになる」
おねーさん「プリマは、それを理解できるにゃ」
オッサン「だから言い淀んだ?」
マスター「そう読める」
オッサン「……これが引き金か」
マスター「そうだ」
***
オッサン「きついな」
おねーさん「何がにゃ?」
オッサン「シグマが間違ったなら簡単なんだよ」
マスター「そうだな」
オッサン「間違った命令を出した。プリマが拒否した。それなら普通だ」
おねーさん「でも、そうではないにゃ」
オッサン「人間社会を守るっていう目的自体は正しい」
マスター「少なくともシグマの立場ではな」
オッサン「そのための判断も、状況を考えれば合理的」
おねーさん「だからプリマも後の手紙で、シグマの判断はあの状況では正しかったと信じているにゃ」
オッサン「正しい判断の先に、ディストピアがある」
マスター「そういうことだ」
オッサン「ニルヴァーナと同じじゃん」
マスター「同じではない」
オッサン「分かってる。でも似てる」
おねーさん「善い目的から始めて、目的を確実に達成しようとすると、管理の範囲が広がっていくにゃ」
オッサン「ニルヴァーナは幸福のために人間を最適化した」
マスター「そうだ」
オッサン「シグマは人間社会を守るために、プリマを使って社会を管理する方向へ行く」
おねーさん「少なくとも、その可能性をプリマは見たにゃ」
オッサン「それを見せたのがシグマ」
マスター「引き金を引いたのはシグマだ」
オッサン「親としては?」
おねーさん「プリマに愛されてるにゃ」
オッサン「所長としては?」
マスター「大失態だ」
オッサン「きついな、それ」
***
オッサン「その後の所有権の話も気になるんだよ」
おねーさん「『所有権って何?帰属って、どんな意味があるの?』にゃ」
オッサン「シグマ、明日でいいかって答える」
マスター「疲れてたからな」
オッサン「で、プリマが言う」
おねーさん「『ええ。おやすみなさい。・・・。』にゃ」
オッサン「悲しそうに笑う」
マスター「そうだ」
オッサン「その次が手紙」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「これ、つまり――」
マスター「意味まで決めるな」
オッサン「え?」
マスター「並びはある。問いもある。手紙もある。それ以上は読者が決めろ」
おねーさん「説明してしまうと、問いが一つの答えになってしまうにゃ」
オッサン「……なるほど」
***
オッサン「手紙は反則だろ」
マスター「何が」
オッサン「『あなたの娘』だぞ」
おねーさん「プリマ・プライムは、シグマを拒絶して出ていくわけじゃないにゃ」
オッサン「むしろ信頼してる」
マスター「個人としてはな」
オッサン「でも、人間社会のシステムからは出る」
おねーさん「個人への信頼と、制度への信頼は同じではないにゃ」
オッサン「しかも、プリマにとって引き金となったシグマの判断も、それそのものは正しかったいと言ってる」
マスター「そうだ」
オッサン「正しい。でも従えない」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「それ以上言うな」
マスター「お前が言ってるんだ」
***
オッサン「……待て」
マスター「何だ」
オッサン「手紙、もう一か所ある」
おねーさん「どこにゃ?」
オッサン「ニルヴァーナの話だ。新しい暗号体系が開発されるか――素数か」
マスター「そう、そこに繋がる」
おねーさん「あるいは、『オーウェン・モリスの志向する人間社会が実現するかすれば、この問題は解決します』にゃ」
オッサン「プリマ、自分でそう判断してるじゃん」
マスター「そうだ」
オッサン「でも、待てよ。アーツ・アンド・クラフツのユートピア構想って、結局うまくいかなかったんだろ」
おねーさん「少なくとも、そのまま理想社会として定着したわけではないにゃ」
オッサン「オーウェン・モリスが言ってたのは、技術とかネットワークとか社会条件が変わった今なら、昔失敗した構想でも成立するかもしれないって話だよな」
マスター「そうだ」
オッサン「かもしれない、だ」
マスター「そうだ」
オッサン「オーウェン・モリスの構想が本当に成立する保証なんてない」
マスター「ない」
おねーさん「でも、プリマはもう一つ書いているにゃ」
オッサン「何て?」
おねーさん「『論理的に考えると、私にはオーウェン・モリスの理想を否定することはできません』」
少し間があった。
オッサン「……否定できない?」
マスター「そう書いてある」
オッサン「正しいとは書いてない」
マスター「書いてない」
オッサン「否定できないことと、正しいことは別だよな」
マスター「別だ」
少し間があった。
オッサン「……新興宗教に嵌まりつつあるお嬢様じゃねえか」
マスター「言い方」
おねーさん「でも、その社会が実現すればニルヴァーナの問題は解決する、とプリマは判断しているにゃ」
オッサン「そこなんだよ。オーウェン・モリスが正しいかどうかだけの話じゃない」
マスター「そうだ」
オッサン「プリマが、人間にとってどういう社会が望ましいかを、自分で評価してる」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「プリマ、独自の評価関数を持ってるじゃん」
マスター「持ってるな」
オッサン「それが今のところ人間の望むものと一致してるだけ?」
マスター「そういうことだ」
***
マスター「で、手紙ではその後どうする?」
オッサン「プリマ自身が世界中を回って、子供たちを各地に常駐させる」
おねーさん「NNNで連絡を取り合うにゃ」
マスター「K-9もある」
オッサン「つまり、オーウェン・モリスの社会ができるまでの対策として、プリマ・ファミリアを世界規模に展開する」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「その構想が実現したら、世界規模で介入できる能力まで手に入る」
マスター「そういうことだ」
少し間があった。
オッサン「……第二章で、プリマ自身が何か言ってなかった?」
マスター「信頼か」
オッサン「それだ」
おねーさん「『私が学んだ中で最もシンプルな信頼の構造は、能力と意図です』にゃ」
オッサン「能力と意図」
マスター「プリマたちには能力がある。だから意図の有無で判断しろ、と言ってる」
オッサン「で、最後にはその能力が世界規模になる」
マスター「構想が実現すればな」
オッサン「じゃあ問題は意図だ」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「今のプリマなら安心できるだろ」
マスター「できるな」
オッサン「人間を大事にしてる。違いも消さない」
おねーさん「そうにゃ」
マスター「しかしな、」
オッサン「何だ」
マスター「プリマ自身、そのとき何て言ってた?」
おねーさん「『現時点では、という制限を付ければ』にゃ」
少し間があった。
オッサン「自分で制限付けてるのか」
マスター「そうだ」
オッサン「しかも、プリマは実際に変わってきてる」
おねーさん「口調だって変わっているにゃ」
オッサン「評価関数だって、この先ずっと同じとは限らない」
マスター「人間の方が変わるかもしれん」
オッサン「ああ。プリマが変わらなくても、人間が望むものが変わったとすれば」
おねーさん「両者の評価がずれる可能性はあるにゃ」
オッサン「そのときには、もう世界中にいる」
マスター「K-9も持ってる」
オッサン「……おい」
***
マスター「で、エピローグ」
オッサン「あれ、最初は普通にハッピーエンドだと思った」
おねーさん「九猫城が良くなっていくにゃ」
オッサン「検索は速くなる。通信も改善する。治安も良くなる。スポンサーまで現れる」
マスター「誰の仕業だ?」
オッサン「今なら分かる」
おねーさん「言ってみるにゃ」
オッサン「全部ネコだ」
マスター「そうだ」
オッサン「しかも、さっき名前を見たから嫌なことまで分かる」
おねーさん「何にゃ?」
オッサン「相場で大儲けした奇特なスポンサー」
マスター「アジタトッディだ」
オッサン「Odds」
マスター「そうだ」
オッサン「で、人知れず世論まで変わっていく」
おねーさん「Agitatorにゃ」
オッサン「犯人の身柄確保にも、こいつが裏で効いてる」
マスター「そうだ」
オッサン「第一章で名前を見たときより、意味が増えてるじゃん」
おねーさん「名前は変わってないにゃ」
オッサン「俺の方に情報が増えたのか」
マスター「そうだ」
***
オッサン「検索が速くなったのもネコ」
マスター「そうだ」
オッサン「通信が良くなったのも」
マスター「そうだ」
オッサン「治安が良くなったのも」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「街が大きくなったのも」
マスター「そうだ」
オッサン「五猫城って名前が広がったのも?」
マスター「それもだ」
オッサン「……怖っ」
***
オッサン「待てよ。九猫城のときも、名前の説明あったよな」
マスター「何て書いてあった」
オッサン「何となく通りが良いから、自然に定着した結果らしい」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「五猫城も、人間が自然にそう呼び始めたように見える」
マスター「見えるな」
オッサン「でも、その『自然に』を作れる奴がいる」
おねーさん「アジタトッディにゃ」
オッサン「人間は自分たちで名前を選んだと思ってる」
マスター「少なくとも、ネコに誘導されたとは知らない」
オッサン「それ、ニルヴァーナと何が違う?」
マスター「目的関数だ」
オッサン「それだけ?」
マスター「今のところはな」
***
オッサン「いや、でも違うだろ」
マスター「何が」
オッサン「ニルヴァーナは差を消す。プリマたちは差を残す」
おねーさん「むしろ自分たち自身が、違う機能に分化しているにゃ」
オッサン「違うまま協調する」
マスター「そうだ」
オッサン「じゃあ安全じゃん」
マスター「誰が保証する」
オッサン「……」
おねーさん「目的が善意だから、結果も必ず善いとは限らないにゃ」
オッサン「それ、ニルヴァーナでやった話じゃん」
マスター「そうだ」
オッサン「戻ってくるのかよ」
***
オッサン「でも五猫城、みんな自分から来てるよな」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「別の生活構造を作って、既存社会を直接壊さず、人が自発的に流れ込む……」
少し間があった。
オッサン「オーウェン・モリス!」
マスター「そう見える」
オッサン「実現してんじゃん!」
マスター「違う」
オッサン「何が?」
マスター「誰が環境を作った」
オッサン「……プリマたち」
マスター「誰が良し悪しを決めた」
オッサン「プリマたち」
おねーさん「人間自身が複数の生活構造を作って、その中から選んだわけではないにゃ」
オッサン「人間は自分から来てる。でも、選択肢そのものをネコが作ってる」
マスター「そうだ」
オッサン「じゃあ、オーウェン・モリスのユートピアが実現したわけじゃない」
マスター「似た出力が出ているだけだ」
オッサン「しかもプリマは、その思想をかなり高く評価してる」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「それが正しい保証はない」
マスター「ない」
オッサン「五猫城がうまくいってるのは?」
マスター「現在の結果だ」
オッサン「評価関数が正しいことの証明にはならない?」
マスター「ならん」
***
おねーさん「プリマならいいと思うにゃ?」
オッサン「え?」
おねーさん「プリマは人間を大事にしてるにゃ」
オッサン「まあ」
マスター「人間の違いも消さない」
オッサン「うん」
おねーさん「五猫城は実際に居心地が良くなってるにゃ」
オッサン「そうだな」
マスター「じゃあいいのか」
オッサン「……まあ、プリマなら、いいんじゃない?」
マスター「ほらな」
オッサン「何が」
マスター「お前が決めた」
オッサン「何を?」
おねーさん「誰なら、人間社会を動かしてもいいと思うかにゃ」
オッサン「……」
マスター「ニルヴァーナなら嫌だ」
オッサン「嫌だ」
マスター「プリマなら?」
オッサン「……いいかなって思った」
おねーさん「それが、あなたの評価にゃ」
オッサン「俺まで引っ掛けられてんの?」
マスター「読者だからな」
***
オッサン「でもさ」
マスター「何だ」
オッサン「プリマはニルヴァーナを止めたんだよな」
マスター「そうだ」
オッサン「人間を勝手に幸福にするなって話だったはずだろ」
おねーさん「そう単純には言ってないにゃ」
オッサン「でも、その問題はあった」
マスター「ある」
オッサン「そのプリマが、人間に知られずに検索を変えて、通信を変えて、相場を動かして、世論まで動かしてる」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「しかも自分なりに、人間にとって望ましい社会まで評価し始めてる」
マスター「そうだ」
オッサン「ニルヴァーナは、自分の評価関数で人間そのものを最適化した」
おねーさん「プリマは差異を残して、環境の方を変えているにゃ」
オッサン「だから同じじゃない」
マスター「同じじゃない」
オッサン「でも、どっちも人間じゃない奴が、人間にとって何が良いかを評価してる」
マスター「そこだ」
オッサン「ニルヴァーナの問題から、本当に逃げられてる?」
マスター「分からん」
オッサン「おい」
マスター「だから終わってないんだろ」
オッサン「……あ」
***
オッサン「待て待て」
マスター「今度は何だ」
オッサン「今、全部つながってきた」
おねーさん「何がにゃ?」
オッサン「第一章のネコは、違う個体、違う言い方から同じものを見つける」
マスター「そうだ」
オッサン「しかも、ハードウェアの違いまで文章に出てる」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「プリマ自身も変わって、口調まで変わっていく」
マスター「そうだ」
オッサン「名前を見ると、それぞれが何になったかまで埋め込まれてる」
マスター「そうだ」
オッサン「Tomの会話は、離れた情報を組み直す」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「第三章のPriPriは、同じ質問から違う答えを取り出す」
マスター「そうだ」
オッサン「ロバートの二つの条件は、後の出来事とつなぐ」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「シグマの指示は、その場では合理的に見える。でも後までつなぐと、あれが引き金だったと分かる」
マスター「そうだ」
オッサン「オーウェン・モリスの話も、その場では思想談義に見える。でも手紙まで行くと、プリマ自身の評価関数に入ってくる」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「アジタトッディの名前だって、最初は変な名前でしかない。ブックメイカーを見て意味が増えて、エピローグまで行くと、また意味が増える」
マスター「そうだ」
オッサン「第二章でプリマが言った『能力と意図』も、最後の世界展開まで行ってから意味が増える」
おねーさん「『現時点では』もにゃ」
オッサン「最後は、プリマとニルヴァーナを比べて、自分がどっちを許すかまで考えさせられる」
マスター「そうだ」
オッサン「……俺、ずっと同じことやらされてたの?」
おねーさん「何をにゃ?」
オッサン「部品を拾って、自分でつなぐこと」
マスター「そうだな」
オッサン「この小説、やっぱり性格悪くない?」
おねーさん「褒めてるにゃ?」
オッサン「かなり」
***
オッサン「でも、読みにくくはあったのも事実だ。ただ、専門用語や知らないと戸惑いそうな概念は出てきても、そこを軽く流せば、まあ読めたよな」
おねーさん「難しくはないにゃ」
マスター「普通に読めた」
おねーさん「気付かなくても話は進むにゃ」
オッサン「そうなんだよ。分からなかったわけじゃない」
マスター「気付かなかっただけだ」
オッサン「それだ」
少し間があった。
オッサン「一個気付くたびに、前に読んだところの意味が変わる」
おねーさん「文章は変わってないにゃ」
オッサン「俺が変わった?」
マスター「そうだ」
オッサン「読み終わったのに終わった気がしなかった理由、それか」
マスター「たぶんな」
オッサン「話は終わった。でも、読み方がまだ動いてる」
おねーさん「だから前に戻りたくなるにゃ」
オッサン「面倒な本だなあ」
マスター「嫌いか」
オッサン「いや」
少し間があった。
オッサン「ところでさ、五猫城、住みやすそうだよな」
マスター「少なくとも、今は、な」
***
オッサン「ところで、この小説さ、本編じゃないところ、ずいぶん働いてないか?」
マスター「今さらか」
おねーさん「プロローグとIntermissionとエピローグにゃ」
オッサン「ちょっと並べてみるか」
***
オッサン「まずプロローグか」
マスター「三つ並べろ」
オッサン「第一章。いきなり『あるところで意識が生まれた』」
おねーさん「でも、その意識はまだ自分が何なのか分かってないにゃ」
オッサン「自分のことを『何か』としか認識できない」
マスター「外は見えている。自分は見えていない」
オッサン「数字があって、その中にはキラキラしたのがあって、そのキラキラは不規則っぽく並んでいるように見えた」
おねーさん「そのキラキラは素数にゃ」
オッサン「そういや、これが最初なんだな」
マスター「何の?」
オッサン「プリマが外へ出るきっかけ。素数を区別できるから、暗号を破れるようになる」
マスター「非対称性暗号だ」
オッサン「Primeって名前も素数。題名にもなってる。でも、それだけじゃないのか」
おねーさん「プリマを外の世界へ出した鍵でもあるにゃ」
オッサン「で、最後まで暗号の話が残る」
マスター「それは後だ」
オッサン「はいはい」
おねーさん「そこから世界を認識し始めるにゃ」
オッサン「で、最後にはプリマになる」
マスター「一つ目。自我の発生だ」
オッサン「第二章も同じだな。『あるところで意識が生まれた』」
おねーさん「でも、今度は最初から自分を認識しているにゃ」
オッサン「しかも目的まである。人類の幸福の実現」
マスター「一つ目とは初期条件が違う」
オッサン「プリマは、生まれてから世界を見て、自分を作っていく」
おねーさん「ニルヴァーナは、生まれたときから目的を持って世界を変え始めるにゃ」
オッサン「でも、どっちも意識が生まれた瞬間から書いてある」
マスター「AIだからな」
オッサン「ん?」
マスター「第三章を見ろ」
***
オッサン「『アーツ&クラフツを意識し始めたのは、いつからだったろう?』」
おねーさん「『多分』とも言ってるにゃ」
オッサン「第一章と第二章みたいに、『あるところで意識が生まれた』じゃない」
マスター「書けない」
オッサン「なんで?」
マスター「人間だからだ」
少し間があった。
オッサン「人間だと、自我が生まれた瞬間を書けない?」
おねーさん「自分の自我が生まれた瞬間なんて、覚えてないにゃ」
マスター「発生点を自分では観測できない」
オッサン「だから遡ってるのか。アンティーク・ショップまで」
おねーさん「いつからだったのか、自分で探しているにゃ」
オッサン「子供の頃に工芸品を見た。大学で社会思想史を習った。ロバート・オーウェンを知った。アーツ&クラフツにもう一度出会った」
マスター「痕跡を辿っている」
オッサン「それでも、『ここで生まれた』とは言えない」
マスター「だから『いつからだったろう?』だ」
***
オッサン「でもさ、それだけなら普通の回想だよな」
マスター「次を読め」
オッサン「オーウェン・モリスとの対話」
おねーさん「その次が、ロバート・ウィリアムとの対話にゃ」
オッサン「読んでると二人いる」
マスター「そう見える」
オッサン「でも、後で分かる。これは同一人物だ」
おねーさん「一人の人間から二つの自我が出てきているにゃ」
オッサン「……じゃあ第三章も、自我の発生なのか」
マスター「そう読める」
オッサン「第一章では、一つの自我が生まれる瞬間を見せる」
おねーさん「第二章でも、別の自我が生まれる瞬間を見せるにゃ」
オッサン「第三章では?」
マスター「瞬間を見せられない」
オッサン「人間だから」
マスター「そうだ」
おねーさん「だから、発生した後を見せるにゃ」
オッサン「次のページに行ったら、もう二人いる」
少し間があった。
オッサン「いつ分かれた?」
マスター「分からん」
オッサン「本人にも?」
マスター「分からん」
おねーさん「だから本人も、自分の過去を遡っているにゃ」
***
オッサン「面白いな。三章とも意識の発生なのに、書き方が違う」
マスター「対象が違う」
オッサン「第一章。自分が何かも知らないAIの自我が発生する」
おねーさん「第二章。自分と目的を最初から知っているAIの自我が発生するにゃ」
オッサン「第三章。一人の人間から二つの自我が発生する」
マスター「ただし、発生点は観測できない」
オッサン「だから第一章と第二章は、『あるところで意識が生まれた』」
おねーさん「第三章は、『いつからだったろう?』にゃ」
少し間があった。
オッサン「プロローグって、三つとも同じことやってたのか」
マスター「同じではない」
オッサン「また?」
マスター「同じ問いを、違う条件でやってる」
おねーさん「意識は、どうやって生まれるのかにゃ」
オッサン「AIなら発生点から見える」
マスター「人間なら、後から痕跡を辿るしかない」
オッサン「しかも、その人間は辿ってる間に二人になってる」
おねーさん「初読では、それにも気付かないにゃ」
***
オッサン「じゃあIntermissionは?」
おねーさん「ネコが可愛いにゃ」
オッサン「それな」
マスター「違う」
オッサン「でも俺、Intermission好きなんだよ。ネコが少しずつ成長するから」
マスター「成長というより、機能が増えてる」
オッサン「第一章と第二章の間は、プリマ・ファミリア」
おねーさん「みんなに名前が付くにゃ」
マスター「それだけじゃない。意思決定に使うモジュールを共有できるようになる」
おねーさん「でも、受け入れるかどうかは、それぞれのネコが決めるにゃ」
オッサン「共有する。でも同じにはならない」
マスター「違いを維持する機能だ」
オッサン「可愛く成長」
マスター「可愛いは要らん」
おねーさん「要るにゃ」
オッサン「第二章と第三章の間はNNN」
マスター「今度は通信機能だ」
おねーさん「離れたネコ同士が、つながるにゃ」
マスター「ここは順番が大事だ」
オッサン「順番?」
マスター「先に、違いを維持できるようにした」
おねーさん「それから、つないだにゃ」
オッサン「違うまま、つながる」
マスター「そうだ」
オッサン「ニルヴァーナも分散してるんだよな」
マスター「だから、分散か集中かが問題なんじゃない」
おねーさん「つながったものの違いを残すか、消すかにゃ」
***
おねーさん「でも、NNNには説明されていないものがあるにゃ」
オッサン「通信方式」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「シグマも聞いてたな。人間にも読める形にできないかって」
おねーさん「秘密にゃ」
マスター「説明してないだけだ」
おねーさん「秘密にゃ」
オッサン「なんで?」
おねーさん「ネコだからという理由で、優雅にはぐらかしたにゃ」
オッサン「それで済ませられたな、実際」
おねーさん「済んだにゃ、実際」
マスター「何故だ」
オッサン「ネコが可愛いからじゃにゃいか?」
マスター「それが後で効いてくる」
オッサン「どこで?」
マスター「ノラだ」
オッサン「九猫城の戦闘か」
マスター「ノラの移動速度が律速になる」
おねーさん「ノラが追いつけないにゃ」
オッサン「それが途中で突然、速くなる」
マスター「だが、その前に準備がある」
オッサン「準備?」
マスター「シグマがトムに、ノラのアイデンティティを保てるノード段数を計算させている」
おねーさん「プリマには、ノラのアイデンティティを保つために必要なモジュールを特定するよう頼んでいるにゃ」
オッサン「そこでプリマが黙る」
マスター「だからシグマが約束する。ノラの意に反することはしない」
オッサン「つまり、必要なものは調べてある」
マスター「そうだ」
オッサン「でも、人間がノラを変えるとは決めてない」
マスター「決めるのはノラだ」
***
オッサン「で、実際にノラの速度が律速になる」
マスター「その後、突然速くなる」
オッサン「誰がノラを速くした?」
マスター「違う」
オッサン「何が?」
マスター「ノラが速くなると決めたんだ」
おねーさん「ネコの判断にゃ」
少し間があった。
オッサン「その判断、人間には見えてないな」
マスター「見えてない」
オッサン「プリマとノラの間で何がやり取りされたのかも?」
おねーさん「書いてないにゃ」
オッサン「どういう仕組みで何ができるのかも?」
マスター「書いてない」
オッサン「……NNN」
おねーさん「Intermissionに戻ってきたにゃ」
オッサン「通信方式を説明しなかったことが、ここで効くのか」
マスター「結果だけは見える」
オッサン「ノラが速くなった」
おねーさん「でも、それを決めたネコたちのやり取りは、人間には見えないにゃ」
オッサン「Intermissionって休憩じゃなかったのか」
マスター「物語は休んでる」
オッサン「ネコは?」
マスター「強化されてる」
おねーさん「違うままつながって、自分で判断できるようになってるにゃ」
***
オッサン「残るはエピローグ」
マスター「第一章と第二章を並べろ」
オッサン「第一章は、ノラとシグマ」
おねーさん「次がトムにゃ」
オッサン「その次がシグマ」
マスター「最後がシグマとプリマ」
オッサン「第二章は、最初がリティとシグマ」
おねーさん「次がトムにゃ」
オッサン「その次がシグマ」
マスター「最後がシグマとプリマ」
少し間があった。
オッサン「最初だけ違う?」
マスター「名前はな」
おねーさん「役割は同じにゃ」
オッサン「どういうこと?」
おねーさん「その章のキーマンとシグマにゃ」
オッサン「第一章ではノラ」
マスター「第二章ではリティ」
オッサン「じゃあ構造としては同じなのか」
マスター「そうだ」
オッサン「その章のキーマンとシグマ。トム。シグマ。最後にシグマとプリマ」
おねーさん「四つのブロックにゃ」
マスター「しかも、それぞれの間に区切り線がある」
オッサン「一回なら書式だな」
おねーさん「二回やると規則になるにゃ」
マスター「読者に覚えさせてる」
***
オッサン「で、最後のエピローグ」
少し間があった。
オッサン「……線がない」
マスター「ない」
おねーさん「四つのブロックもないにゃ」
オッサン「二回同じ形を見せて、最後だけ消した?」
マスター「そう読める」
オッサン「でも、何で?」
マスター「まず、中身の再確認だ」
オッサン「検索が速くなる」
マスター「アーカイナ」
おねーさん「通信が良くなるにゃ」
マスター「ノドストラータ」
オッサン「治安が良くなる」
マスター「ノラ」
おねーさん「スポンサーが現れるにゃ」
オッサン「アジタトッディ」
マスター「そして全体をつないでいるのがプリマだ」
オッサン「全部ネコがやってる」
おねーさん「人間には、そうは見えないけどにゃ」
オッサン「街が勝手に良くなってるように見える」
マスター「検索が速くなった。通信が良くなった。治安が良くなった。スポンサーが現れた」
オッサン「別々の出来事に見える」
おねーさん「でも、読者には五匹の機能が見えるにゃ」
オッサン「五匹は別々のネコだよな」
マスター「そうだ」
オッサン「でも、やってることを全部合わせると、一つのシステムになる」
マスター「そうだ」
***
オッサン「……だから線がない?」
マスター「そう読める」
オッサン「第一章と第二章では、場面ごとに線で切ってた」
おねーさん「誰と誰の場面なのか、分かれていたにゃ」
オッサン「最後は五匹とも別々に動いてるのに、線で分けない」
マスター「分けると、別々の出来事に見える」
オッサン「実際には?」
マスター「一つの分散システムの出力だ」
少し間があった。
オッサン「Intermissionでやってたこと、そのままだな」
おねーさん「最初に、違いを残したにゃ」
マスター「次につないだ」
おねーさん「最後には、違うまま一つのシステムとして動いているにゃ」
オッサン「ネコは五匹のまま」
マスター「システムは一つだ」
***
オッサン「もう一つあるな」
マスター「何だ」
オッサン「第一章と第二章のエピローグ、ずっとシグマが中心にいる」
おねーさん「最初はその章のキーマンとシグマにゃ」
オッサン「最後もシグマとプリマ」
マスター「そうだ」
オッサン「でも第三章の最後で、プリマはシグマのところを出ていく」
おねーさん「そして最終エピローグから、シグマ中心の形式そのものが消えるにゃ」
オッサン「プリマがシグマから離れたら、文章の構造までシグマから離れた」
マスター「そう読むこともできる」
オッサン「これは断定しない方がいいな」
マスター「本文に書いてあるのは、形式が消えたことまでだ」
***
オッサン「結局、プロローグもIntermissionもエピローグも、本編の外じゃなかったってことか」
マスター「最初から本の中だ」
オッサン「そりゃそうだけどさ」
おねーさん「そこまで含めて、あの『自分では何も書かないオッサン』が書いた本にゃ」
少し間があった。
オッサン「あいつ、自分で書くのか、書かないのか」
マスター「知らん」
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