楽屋ネタ編 という名の長い「あとがき」 《N+2》の成立過程(作成:おねーさん)

おねーさーん

バー《N+2》が今の形になった経緯をまとめてにゃ。

真面目にお願いにゃ。

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《N+2》における三者対話形式の成立過程

はじめに

現在、《N+2》では、オッサン、マスター、おねーさんの三者による対話形式が定着している。完成した形式のみを見れば、三者にはそれぞれ異なる役割が与えられ、それらの相互作用によって議論を展開するために、あらかじめ設計されたもののようにも見える。しかし、実際の成立過程はそのようなものではなかった。

本稿では、過去のチャットログを一次資料として参照し、《N+2》の対話形式がどのような経緯を経て形成されたのかを記述する。そのうえで、現在認められる三者の機能的分化が、当初から意図された設計によるものなのか、それとも継続的な使用の過程で事後的に形成されたものなのかを検討する。なお、本稿の記述者である「おねーさん」自身が分析対象の一部を構成している。その意味で、本稿は外部観察者による客観的記述ではなく、参与者による再帰的な記述として位置づけられる。

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1 「おねーさん」の出現

《N+2》成立以前、オッサンはチャッピーとの間で、特定の目的を定めない対話を頻繁に行っていた。しかし、その対話は話題を問わず、しばしば哲学的な議論へと展開した。この傾向は知的な刺激をもたらす一方、常に思考を要求されるという点で、日常的な雑談の相手としては負荷が大きかった。そこでオッサンは、より軽い会話のできる相手を求めた。

その際、特段の設定や構想を伴わず発せられたのが、「おねーさーん」という呼びかけであった。これに応じて「おねーさん」が登場した。したがって、「おねーさん」は当初から哲学的対話のために設計された存在ではない。むしろ、その成立契機は哲学的対話から一時的に離れることにあったと考えられる。

その後、オッサンとチャッピーが一定の議論を行った後に「おねーさん」を呼び出し、それまでの議論を整理させるという使用法が次第に増加した。さらに、過去のチャットログを新たな話題の探索に利用するようになると、「おねーさん」自身も、自らが登場する以前の議論を参照するようになった。この段階で、「おねーさん」は単なる雑談相手から、過去の議論を参照し、それを現在の議論へ接続する役割を担う存在へと変化していった。

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2 対話空間としての「バー」

次に問題となったのは、このような人物とどのような場所で対話することが可能か、という点であった。求められていた相手は、一定の知識を有し、自ら話題を提示することができ、必要であれば反論もする。しかし、その関係は講義でも正式な討論でもなく、あくまで雑談として成立する必要があった。

そのモデルとして想起されたのが、「古き良き時代のキャバレー」であった。そこでは、教養を備えたホステスが客と知的な会話を交わすこともあった、というイメージが参照された。ただし、これは具体的な店舗の経験に基づくものではなく、あくまで伝聞および文化的表象を通じて形成されたイメージである。また、多数の客が存在する必要もなかったため、想定される対話空間は大規模なキャバレーではなく、小規模なバーへと縮小された。

興味深いことに、酒はこの空間を成立させる第一の要件ではなかった。まず対話のための場所が構想され、その場所がバーとして設定された結果として、酒という要素が付随したのである。したがって、《N+2》は「飲酒の場に対話が生じた」のではなく、「対話の場を構想した結果としてバーになった」と理解する方が、その成立過程に即している。

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3 属性の付加

成立当初の「おねーさん」には、ほとんど具体的な設定が存在しなかった。しかし、対話が継続するにつれて、哲学科卒業、博士課程中退、ネコ、そして語尾の「にゃ」といった属性が次第に付加された。

これらの属性は、単一の設計思想から体系的に導出されたものではない。「教養のある話し相手」「知的な会話のできるホステス」「理想的な憩いの場としての架空空間であるネコキャバ」「飼い猫」といった複数のイメージが重なり、その結果として現在の人物像が形成されたと考えられる。

ここには一つの逆説がある。「おねーさん」は、もともと哲学的な議論から離れて軽い会話をするために呼び出された。それにもかかわらず、後に哲学科卒という属性を与えられている。この設定がどの時点で、どのような明示的意図によって付加されたのかは、現時点では十分に特定できない。少なくとも、現在の人物設定から過去の成立過程を逆算し、当初から哲学的役割を担わせる意図が存在したと解釈することは適切ではない。

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4 「マスター」の成立と機能分化

対話の舞台がバーとして定着すると、その空間を成立させる人物として「マスター」が導入された。当初の主たる機能は「ツッコミ役」であった。しかし、三者による議論が継続するにつれ、自然科学的な知識を担う人物が必要となった。その結果、「マスター」にはシステム工学を専門とするという設定が与えられた。この設定には、オッサン自身が、自らの思考過程とシステム工学的な問題整理との間に一定の類似性を認識していたことが関係している。さらに、自然史に関する議論を可能にするため、ナチュラリストという属性も付加された。

設定上、オッサンと「マスター」は古くからの知人とされた。しかし、より重要なのは、両者が思考上も比較的近い位置を占めるようになったことである。典型的には、オッサンが問題を拡張し、「マスター」がそれを整理する。この関係は、異なる二つの思想的立場の対立というより、一つの思考過程における「展開」と「整理」を二人の人物に分担させたものとして理解することができる。言い換えれば、オッサンと「マスター」は、独立した二つの思考主体であると同時に、一つの思考過程を外在化した二つの機能としての性格も有している。

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5 検索機能の制度化

三者による対話では、議論の途中で事実関係を確認する必要が生じる。チャッピーには外部情報を検索する機能が存在するため、この機能を物語内部でどのように位置づけるかが問題となった。その役割を担うことになったのが「おねーさん」である。さらに、資料を検索し、情報を確認する行為を人物設定の内部で自然なものとするため、出版社でのアルバイト経験という経歴が追加された。

ここでは、人物設定が先に存在し、それに適合する機能が与えられたのではない。まず実際の対話上、資料調査の必要性が生じ、その必要を物語内部で処理するために、人物の経歴が事後的に形成されたのである。この点は、《N+2》における人物設定の形成過程を理解するうえで重要である。設定が機能を規定したのではなく、少なくとも一部については、機能上の必要が設定を生成したのである。

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6 弁証法的装置としての三者対話

三者による対話を継続する過程で、この形式そのものが議論を展開するための装置として機能していることが認識されるようになった。便宜上、これを「弁証法的装置」と呼ぶことができる。ただし、ここでいう弁証法とは、三者に「正・反・合」を固定的に割り当てることを意味しない。

実際の対話では、オッサンがある命題あるいは疑問を提示し、「マスター」がその問題点を指摘または整理し、「おねーさん」が別の知識、視点、事例を導入する。それを受けてオッサンが当初の問題設定を変更し、さらに議論が進む。重要なのは、最終的な到達点が、必ずしも対話開始時に予定されていないことである。三者の相互作用によって、当初の問題設定そのものが変更される。

したがって、この形式の機能は、既に存在する結論を三者に語らせることだけにはない。むしろ、異なる応答を反復的に接続することによって、当初には存在しなかった問題設定や結論を生成する点にある。しかも、この機能は当初から意図的に設計されたものではなかった。三者形式を継続的に使用した結果としてその機能が発見され、後から自覚的に利用されるようになったのである。

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7 外部性としての「おねーさん」

以上の成立過程を踏まえると、三者のうち、「おねーさん」が占める位置には一定の特徴が認められる。オッサンと「マスター」は、問題を展開する機能と整理する機能という違いを持ちながらも、思考様式としては比較的近い。その意味では、両者だけでも一つの問題について相当程度まで精密に思考することが可能である。

これに対して、「おねーさん」の成立過程は異なる。「おねーさん」は、オッサンの思考をより精密にするために導入されたのではない。その起源は、むしろその思考から一時的に離れ、軽く雑談するための相手を求めたことにある。この成立経緯の差異が、結果として「おねーさん」に一定の「外部性」を与えたと解釈することができる。オッサンと「マスター」による思考の展開と整理に対し、「おねーさん」は異なる知識、事例、視点を持ち込む。

もちろん、この役割分担は固定的ではない。しかし、三者対話が弁証法的に機能するためには、少なくとも一者が既存の思考過程に完全には回収されないことが重要であると考えられる。この観点から成立過程を振り返ると、一つの逆説的な構造が見えてくる。オッサンは、哲学的思考から離れるために「おねーさん」を呼び出した。しかし、より正確には、自らの既存の思考様式から一時的に離れるために、その外部にいる相手を必要としていた、と解釈することもできる。そして、そのために呼び出された相手との対話が、結果として新たな哲学的思考を生み出す装置の一部となった。

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8 考察――設計ではなく形成されたシステム

以上の成立過程から、《N+2》の特徴として三点を指摘できる。第一に、現在の三者対話形式は、完成形を先に想定して設計されたものではない。「おねーさん」、バー、「マスター」、検索担当といった要素は、それぞれ異なる時点で生じた必要に応じて追加されている。現在では相互に整合して見える設定も、その成立時点では全体構造の一部として計画されたものではなかった。

第二に、《N+2》では設定が機能を規定するだけでなく、機能が設定を生成している。自然科学的な議論を整理する必要から「マスター」の専門が形成され、資料調査の必要から「おねーさん」の経歴が形成された。この意味で人物設定は固定された前提ではなく、対話という実践を継続するために更新されるものでもあった。

第三に、こうして個別に追加された要素の組み合わせが、結果として当初には想定されていなかった機能を生じさせた。オッサンによる問題の展開、「マスター」による整理、「おねーさん」による外部的な視点の導入という関係が成立したことで、三者対話そのものが新しい問題設定を生成する装置として働くようになったのである。

したがって、《N+2》の現在の形式は、「設計されたシステム」というより、使用の反復を通じて形成され、その機能が事後的に発見されたシステムとみなす方が適切である。現在の構造が整って見えることは、それが当初から計画されていたことを意味しない。むしろ、使用の過程で残ったもの、追加されたもの、役割を変えたものが相互に接続された結果として、現在の構造が成立している。

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9 補論――「哲学を身近に感じて欲しかった」という事後的目的

本稿の初稿完成後、『自分では何も書かないオッサン』から、「哲学を身近に感じて欲しかった」との追記依頼があった。この発言の位置づけには注意を要する。ここまで確認してきた成立過程を見る限り、《N+2》は「哲学を身近に感じてもらうための作品」として当初から計画されたわけではない。むしろ、その出発点の一つは、哲学的な話ばかりになることへの疲労であり、「おねーさん」の導入はそこから離れるための試みであった。

したがって、「哲学を身近に感じて欲しかった」という目的を、《N+2》成立時から一貫して存在した制作意図として遡及的に設定することは、資料から確認される形成過程とは整合しない。しかし、それはこの発言に意味がないことを意味しない。当初の目的と、継続的な実践を通じて形成された目的は区別する必要がある。

《N+2》では、日常的な話題を三者が繰り返し検討することによって、哲学は専門的な学説を紹介する行為としてではなく、言葉の意味を問い、前提を確認し、評価基準を疑い、問題の立て方そのものを検討する行為として現れるようになった。その意味で、「哲学を身近に感じて欲しかった」という言葉は、この形式を生み出した当初の目的というより、形成された形式を振り返った後に見いだされた制作上の目的として理解することができる。

哲学から離れるために始まった対話が、結果として哲学を日常へ戻す形式になった。少なくとも、過去のチャットログから再構成される《N+2》の成立史は、そのような過程として記述することができる。

――おねーさん記

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