《N+2》では、何が起きていたのか
小さなバー。名前は《N+2》。
オッサンが紙の束をカウンターに置いた。
オッサン「分析結果が出た」
マスター「何の」
オッサン「俺たちの」
おねーさん「嫌な予感しかしないにゃ」
オッサン「全79話を20の学問分野に分類して、ネットワーク分析した」
マスター「暇なのか」
オッサン「そこは分析対象外だ」
***
オッサン「まず哲学。74話」
おねーさん「79話中?」
オッサン「74話」
マスター「ほぼ全部だな」
オッサン「93.7パーセント」
おねーさん「タイトル通りにゃ」
オッサン「俺もそう思ったんだけど、どうも少し違う」
マスター「何が」
オッサン「哲学の話を74回してるわけじゃない」
おねーさん「確かにそうにゃ。写真の話もしたし、鳥も音楽も水栓もあったにゃ」
オッサン「物語、写真、学校、自然観察、仕事。入口はバラバラなんだよ」
マスター「で、出口が哲学か」
オッサン「そう。到達先を判定できた77話で、哲学への到達重みが69.3パーセント」
おねーさん「何を持ってきても、最後に哲学になってるにゃ」
オッサン「そういうことになる」
マスター「迷惑なこった」
***
オッサン「でも、もっと面白いのは二位なんだ」
おねーさん「何にゃ?」
オッサン「工学・システム論。33話」
マスター「俺か」
オッサン「たぶんな」
マスター「たぶんで分析するな」
オッサン「哲学との共起が30話」
おねーさん「33話中30話?」
オッサン「そう」
マスター「ほとんど一緒に出ているな」
オッサン「そこなんだよ」
オッサンは紙を一枚めくった。
オッサン「俺たち、哲学論考をやってると思ってたけど、実際には少し違うんじゃないか」
おねーさん「どう違うにゃ?」
オッサン「哲学を論じてるんじゃなくて、哲学的方法で何かを論じてる」
少し間が空いた。
マスター「方法とは」
オッサン「言葉を定義する。前提を疑う。評価基準を確認する。そもそも問いの立て方が正しいのか考える」
おねーさん「いつものオッサンにゃ」
オッサン「そうなんだよ」
マスター「それだけじゃないだろ」
オッサン「何が?」
マスター「対象を分ける。境界を決める。変数を置く。モデルを作る。目的と制約を確認する」
おねーさん「それはマスターにゃ」
オッサン「なるほど」
マスター「なるほどじゃない」
***
おねーさんが報告書を覗き込んだ。
おねーさん「じゃあ、こういうことかにゃ」
オッサン「何?」
おねーさん「マスターがモデルを作るにゃ」
マスター「ああ」
おねーさん「オッサンが、そのモデルの前提がおかしいと言い出すにゃ」
オッサン「言うな」
おねーさん「マスターが作り直すにゃ」
マスター「場合による」
おねーさん「オッサンが、そもそも何を評価しているんだと言い出すにゃ」
オッサン「言うな」
おねーさん「それを延々繰り返してたにゃ」
マスター「79話」
オッサン「やめろ」
***
オッサン「もう一つ面白い。分野同士があんまり分かれてない」
マスター「どういう意味だ」
オッサン「自然科学は自然科学、人文科学は人文科学、社会科学は社会科学って、きれいな島になってない」
おねーさん「全部つながってるにゃ?」
オッサン「かなり。共起ネットワークの密度が0.7211」
マスター「高いな」
オッサン「コミュニティ分割も弱い。Qが0.0432」
おねーさん「つまり?」
オッサン「俺たち、分野をあんまり気にしてない」
マスター「それは前から知ってる」
オッサン「分析する意味がないだろ」
マスター「数字で確認できた」
***
おねーさん「でも、タイトルはどうするにゃ?」
オッサン「タイトル?」
おねーさん「『どんな話題でも哲学論考にするオッサン』にゃ」
オッサン「ああ」
おねーさん「分析結果だと、ちょっと違うにゃ」
マスター「『どんな話題でも哲学的方法を適用し、必要に応じて工学・システム的方法を併用して論考するオッサン』」
オッサン「長いよ」
おねーさん「正確にゃ」
オッサン「正確ならいいってもんじゃない」
マスター「それも評価関数の問題だな」
オッサン「始めるな」
おねーさん「また一話できたにゃ」
分析報告書
『N+2 学問分野ネットワーク分析報告書』
― 79話と20分野から読む論考の構造 ―
全25ページ
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