第九話 不幸の科学
小さなバー。名前は《N+2》。
オッサンが、機嫌よく酒を飲んでいる。特に何か良いことがあったわけではなさそうだ。
オッサン「うまい」
マスター「そうか」
オッサン「仕事終わって、ここで酒飲んで、つまみ食って。幸せだなあ」
マスター「安上がりでいいな」
オッサン「いいんだよ、これで」
おねーさん「幸せなら何よりだにゃ」
オッサン「でも、お前らこれで幸せ?」
マスター「俺は仕事中だ」
おねーさん「おねーさんはネコだから、酒よりお魚の方がいいにゃ」
オッサン「ほら。もう違う」
マスター「何が」
オッサン「俺は幸せなのに、お前らは同じ状態でも別に幸せじゃない」
マスター「そりゃそうだろ」
オッサン「なんで?」
マスター「なんでって……人が違うからだろ」
オッサン「じゃあ、幸福って人によって違うの?」
おねーさん「まあ、そうだにゃ」
オッサン「どのくらい?」
マスター「知らん」
オッサン「俺は酒飲んで幸せ。おねーさんは魚食って幸せ」
おねーさん「まだ食べてないにゃ」
オッサン「旅行が幸せな奴もいる」
マスター「ああ」
オッサン「家にいるのが幸せな奴もいる」
おねーさん「いるにゃ」
オッサン「仕事が楽しい奴もいる」
マスター「いる」
オッサン「仕事辞めたら幸せな奴もいる」
マスター「いるだろうな」
オッサン「一人が好きな奴もいる」
おねーさん「いるにゃ」
オッサン「家族といるのが幸せな奴もいる」
マスター「それで?」
オッサン「幸福って、全然共通点なくない?」
マスター「また変なところに気づいたな」
オッサン「いや、待てよ」
おねーさん「今度は何にゃ」
オッサン「逆はどうなんだ」
マスター「逆?」
オッサン「不幸」
オッサン「腹減って死にそう」
マスター「嫌だな」
オッサン「ずっと歯が痛い」
おねーさん「嫌だにゃ」
オッサン「三日まともに寝てない」
マスター「嫌だ」
オッサン「いつ殴られるか分からない」
おねーさん「嫌だにゃ」
オッサン「明日食う金がない」
マスター「嫌だな」
オッサン「誰とも話したくないわけじゃないのに、誰とも話せない」
おねーさん「嫌だにゃ」
オッサン「自分のことなのに、自分で決められない」
マスター「嫌だ」
オッサン「……全員同じじゃん」
マスター「何が」
オッサン「不幸の方」
おねーさん「にゃ?」
オッサン「何が幸せかはバラバラなのに、何が不幸かは、かなり意見が合う」
マスター「生き物だからな」
オッサン「これ、変じゃない?」
マスター「別に変じゃない」
オッサン「いや、変だよ。幸福と不幸が反対なら、両方同じくらいバラバラになるはずだろ」
マスター「勝手に一軸に置くな」
オッサン「だって反対語じゃん」
おねーさん「言葉の反対と、現象の対称性は別だにゃ」
オッサン「……あ」
マスター「なんだ」
オッサン「アンナ・カレーニナ」
おねーさん「トルストイだにゃ」
オッサン「幸福な家庭はみんな似ている。でも不幸な家庭はそれぞれ違う、だっけ」
おねーさん「そういう趣旨の有名な冒頭だにゃ」
オッサン「逆じゃん」
おねーさん「何がにゃ」
オッサン「少なくとも今の話だと、幸福の方がバラバラで、不幸の方に共通点がある」
マスター「対象を家庭から人間一般に勝手に拡張しただろ」
オッサン「でも面白くない?」
マスター「面白いかどうかと正しいかどうかは別だ」
おねーさん「トルストイの命題を否定したことにはならないにゃ。でも、切り口を変えると逆向きの構造が見える、ということだにゃ」
***
オッサン「だったらさ」
マスター「まだ行くのか」
オッサン「幸福より、不幸の方が科学にできるんじゃない?」
マスター「……それはあるな」
おねーさん「お」
オッサン「だろ?」
マスター「飢餓なら測れる。慢性疼痛も測れる。睡眠不足も測れる。継続的なストレスも、生理的な影響や疾病との関係を調べられる」
オッサン「幸福は?」
マスター「何を測る」
オッサン「本人に『幸せですか』って聞く」
マスター「それは『幸せです』という回答を測ってる」
オッサン「脳を測る」
マスター「脳の何を幸福と定義する」
オッサン「……あれ?」
おねーさん「妙なところへ来たにゃ」
オッサン「酒がうまいって話してただけなのに」
マスター「お前が勝手に来たんだ」
オッサン「でも、不幸ならかなり客観化できるんだな」
マスター「全部じゃない。そこは間違えるな」
オッサン「分かってるよ」
マスター「痛み一つ取っても主観差はある。孤独だって、一人でいること自体が不幸なわけじゃない」
おねーさん「望んだ孤独と、望まない孤立は違うにゃ」
オッサン「でも、幸福よりは共通部分を切り出しやすい」
マスター「そうだな。人間が生物として持っている制約に近づくほど共通性が高くなる」
オッサン「食わなきゃ死ぬ」
マスター「そうだ」
オッサン「寝なきゃ壊れる」
マスター「そうだ」
オッサン「痛みが続けば辛い」
マスター「普通はな」
オッサン「恐怖が続けば消耗する」
マスター「ああ」
オッサン「つまり科学が得意なのって、『どうすれば人間が幸福になるか』じゃなくて、『何をすると人間が壊れるか』なんじゃない?」
マスター「そっちの方が扱いやすい」
おねーさん「幸福には価値判断が入るけど、生命や健康を損なう条件には、生物学的な共通基盤があるにゃ」
オッサン「なんか、科学の見え方が変わるな」
オッサン「医学って、まさにそれか」
マスター「病気を治す」
オッサン「病気という不幸を減らす」
マスター「そうだ」
オッサン「でも、病気が治った人を幸福にするわけじゃない」
おねーさん「そこからどんな人生を送るかは、その人の問題だにゃ」
オッサン「農学もそうだな」
マスター「食料を作る」
オッサン「飢餓を防ぐ」
マスター「潜在的な不幸の発生を防ぐ」
オッサン「腹いっぱいだから幸福、とは限らない」
マスター「当たり前だ」
オッサン「でも、腹が減って死ぬ不幸は防げる」
マスター「そういうことだ」
おねーさん「幸福を与えなくても、不幸を減らすことには意味があるにゃ」
オッサン「工学も?」
マスター「事故を起こさない。壊れない。誤作動しない。停電しない。橋が落ちない」
オッサン「幸福な橋は作らない」
マスター「作ってどうする」
おねーさん「ちょっと見たいにゃ」
マスター「見なくていい」
オッサン「でも待てよ」
マスター「なんだ」
オッサン「科学で不幸を一個ずつ潰していけばいいんじゃないの?」
マスター「いいんじゃないか」
オッサン「全部潰したら?」
マスター「不幸が少ない」
オッサン「幸福じゃないの?」
マスター「なぜそうなる」
オッサン「だって不幸の反対が幸福……」
マスター「また最初に戻ったぞ」
おねーさん「円環構造だにゃ」
***
オッサン「じゃあ、不幸がゼロでも幸福がゼロってあり得る?」
マスター「あるだろ」
オッサン「何も困ってない。でも何もしたくない」
おねーさん「苦痛はない。でも喜びもないにゃ」
オッサン「それを幸福とは言いにくいな」
マスター「だから一軸にするなと言ってる」
おねーさん「ここで哲学が入ってくるにゃ」
オッサン「やっとか」
マスター「今日は自然科学が長かったな」
おねーさん「不幸を減らすところまでは、かなり科学で扱える。でも、その残った空間をどう生きれば『よい生』になるのかは、科学だけでは決まらないにゃ」
オッサン「不幸がないこと自体を幸福と考える哲学もあるだろ」
おねーさん「あるにゃ。エピクロスなら、身体的な苦痛がなく、精神が乱されていない平静な状態を重視するにゃ」
オッサン「ストア派なら、外の出来事に振り回されない」
おねーさん「自分で制御できるものと、できないものを区別するにゃ」
オッサン「仏教なら執着を弱める」
おねーさん「それぞれ同じ思想ではないけど、欲望と苦しみの関係という点では今回の話と接続できるにゃ」
オッサン「ショーペンハウアーはもっと暗い」
おねーさん「欲望は欠乏から生まれる。満たされなければ苦痛で、満たされれば今度は退屈する。人間は苦痛と退屈の間を振り子のように動く、という見方だにゃ」
マスター「救いがないな」
オッサン「でも、分かるんだよ」
オッサン「欲しいものがあるから、手に入らない可能性が生まれる」
マスター「ああ」
オッサン「守りたいものがあるから、失う可能性が生まれる」
おねーさん「そうだにゃ」
オッサン「何も欲しがらなければ?」
マスター「手に入らなくて苦しむことは減る」
オッサン「何も持たなければ?」
マスター「失う苦しみも減る」
オッサン「完璧じゃん」
マスター「それでお前は何をするんだ」
オッサン「……何もしない」
マスター「それを幸福と呼ぶのか?」
オッサン「そこなんだよ」
***
オッサン「制御系で考えよう」
マスター「俺に振るな」
オッサン「専門だろ」
マスター「不幸を誤差だとする」
オッサン「うん」
マスター「誤差をゼロにすることだけが目的なら、目標値そのものをゼロにすればいい」
オッサン「何も望まない」
マスター「そうだ」
オッサン「最強」
マスター「出力もゼロだ」
オッサン「……あ」
マスター「制御系は誤差を消すためだけにあるんじゃない。実現したい状態が先にある。その状態へ近づけるために誤差を使う」
おねーさん「苦しまないことだけを目的にすると、何のために生きるのかがモデルから消えるにゃ」
オッサン「じゃあ幸福を目標値にすれば?」
マスター「値を入れてみろ」
オッサン「いくつ?」
マスター「俺に聞くな」
オッサン「定義できねえ」
マスター「だから困ってるんだろ」
オッサン「だったら幸福H、不幸Uの二変数にする」
マスター「名前はどうでもいい」
オッサン「Hを上げる操作とUを下げる操作は同じじゃない」
マスター「そうだ」
オッサン「しかもHとUは同時に高くなれる?」
マスター「なれるだろ」
オッサン「例えば?」
マスター「お前の休日」
オッサン「なんでだよ」
マスター「五ミリの花を撮りに行く」
オッサン「うん」
マスター「一・六キロ担ぐ」
オッサン「うん」
マスター「しゃがむ」
オッサン「辛い」
マスター「風が吹く」
オッサン「腹立つ」
マスター「光が決まらない」
オッサン「腹立つ」
マスター「ピントを外す」
オッサン「泣く」
マスター「Uは高い」
おねーさん「でも花を見つけるにゃ」
オッサン「嬉しい」
おねーさん「光が決まるにゃ」
オッサン「嬉しい」
おねーさん「撮れるにゃ」
オッサン「すごく嬉しい」
マスター「Hも高い」
オッサン「俺、幸福で不幸なの?」
マスター「知らん。花撮ってるだけだ」
おねーさん「でも、一軸では説明できないにゃ」
***
オッサン「そういや、幸福と不幸って本当に非対称だな」
マスター「まだ何かあるのか」
オッサン「欲しかったカメラを買う」
マスター「嬉しい」
オッサン「しばらく使う」
マスター「普通になる」
オッサン「そのカメラを壊す」
マスター「泣く」
オッサン「なんで買った時の幸福と、壊した時の不幸が同じ大きさじゃないんだ?」
おねーさん「損失回避だにゃ。人間は一般に、同程度の利得より損失を強く感じる傾向があるにゃ」
オッサン「不幸の方が重い?」
おねーさん「少なくとも、単純な正負対称ではないにゃ」
マスター「悪いことの方が注意を奪うことも多い」
おねーさん「ネガティビティ・バイアスとも関係するにゃ」
オッサン「幸せには慣れるのに?」
おねーさん「快楽順応があるにゃ。よい変化も、時間がたつと新しい基準になりやすいにゃ」
オッサン「ひでえ設計だな」
マスター「生存には合理的な面もある」
オッサン「なんで?」
マスター「腹いっぱいだった昨日を一日中喜んでる個体より、今日の危険に注意する個体の方が生き残るだろ」
オッサン「幸福を維持するようにはできてないのか」
マスター「生物にそんな仕様書はない」
おねーさん「自然選択が最大化するのは、本人の幸福とは限らないにゃ」
オッサン「ますます幸福を科学に任せちゃ駄目な気がしてきた」
***
オッサン「昔、祖父が旅行に飽きてな」
マスター「急に何だ」
オッサン「いろんなところへ行った末に、『結局、陸と水だからな』って」
マスター「随分捨象したな」
おねーさん「差異が消えたにゃ」
オッサン「一方で祖母は、趣味なんて毎日ちょっと触るだけでも楽しい、みたいなことを言ってた」
マスター「逆だな」
オッサン「祖父は新しい場所を見続けたのに飽きた。祖母は同じことを繰り返してるのに飽きない」
おねーさん「幸福は刺激の大きさでは説明できないにゃ」
オッサン「カメラもそう。欲しい時はものすごく欲しい。買ったら嬉しい。そのうち普通になる」
おねーさん「快楽順応だにゃ」
オッサン「幸福を大きくすればいいって話でもないんだな」
オッサン「祖母の方が、なんか重要なこと言ってた気がする」
おねーさん「毎日ちょっと触るだけでも楽しい、かにゃ」
オッサン「そう。欲望が消えてないんだよ」
マスター「強すぎもしない」
オッサン「満たされなくて苦しいほどじゃない。でも満たしても終わらない」
おねーさん「小さな欲望が反復しているにゃ」
オッサン「明日もちょっとやりたい」
マスター「それくらいなら悪くないな」
オッサン「幸福って、到達する場所じゃないのかもな」
おねーさん「アリストテレスなら、幸福を単なる感情や所有ではなく、生き方や活動として考えるにゃ」
オッサン「幸福になるんじゃない」
マスター「じゃあ何だ」
オッサン「やってる」
マスター「何を」
オッサン「その人が、明日もちょっとやりたいことを」
***
オッサン「すると、トルストイと逆なんだな」
おねーさん「完全な逆ではないにゃ」
オッサン「分かってるよ」
マスター「分かってなさそうだから言われてるんだ」
オッサン「幸福な家庭はみんな似てる。でも人間の幸福そのものは、別に似てなくていい」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「不幸な家庭にはそれぞれ事情がある。でも、人間を不幸にする条件を掘っていくと、共通するものが見えてくる」
マスター「生物だからな」
オッサン「科学はそこを調べられる」
マスター「ああ」
オッサン「痛みを減らす。病気を減らす。飢餓を減らす。恐怖を減らす。自由を奪われる状態を減らす」
おねーさん「でも、その人を何によって幸福にするかまでは決められないにゃ」
オッサン「そこは本人に返す」
マスター「最初から本人のものだ」
オッサン「じゃあ俺、何すればいい?」
マスター「知らん」
オッサン「冷たいな」
マスター「五ミリの花、撮るんだろ」
オッサン「撮る」
マスター「じゃあ撮れ」
オッサン「それで幸福になれるかな」
マスター「知らん」
おねーさん「でも、明日も撮りたいんにゃろ?」
オッサン「撮りたい」
マスター「なら十分だ」
オッサン「幸福かどうかは?」
マスター「測るな」
おねーさん「測った瞬間、目的変数になっちゃうにゃ」
オッサン「なるほど」
マスター「五ミリの花を撮るなら、五ミリの花を撮れ。幸福まで撮ろうとするな」
オッサン「幸福も撮れたらすごくない?」
おねーさん「ピントが合うものなのかにゃ」
マスター「被写界深度の外にありそうだな」
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