第十一話 働かないおじさん
小さなバー。名前は《N+2》。
オッサンがスマホを見ながら言った。
オッサン「なあ。バットを振った回数で評価するなら、監督が一番働いてないことにならないか?」
マスター「なんの話だ?」
オッサン「『働かないおじさん』の記事を読んでたんだよ」
マスター「お前の話か」
オッサン「違う」
おねーさん「まだ記事の中身、何も聞いてないにゃ」
オッサン「50代のベテランが、過去の成功体験とかプライドとかで失敗を恐れて、新しいことをやらなくなる。計画とか分析ばっかりして、実際には行動しない」
マスター「いそうだな」
オッサン「だから、何歳になっても打席に立ってバットを振れ。行動量を高い水準で維持しろ、と」
おねーさん「それ自体は分からなくもないにゃ」
オッサン「俺もそこは分かるんだよ。問題はその先だ」
マスター「何だ」
オッサン「ベテランも特別扱いせず、行動量という事実で評価しろ、と」
マスター「なるほど」
オッサン「そこで引っかかった」
おねーさん「行動量が多ければ、よく働いてることになるのかにゃ?」
オッサン「そう」
マスター「ならないだろ」
オッサン「即答したな」
マスター「一日に百回判断して全部外す奴と、一回判断して当てる奴なら、どっちが仕事した」
オッサン「後者だな」
おねーさん「でも前者の方が行動量は百倍にゃ」
オッサン「そうなんだよ」
***
オッサン「……いや、待て」
マスター「何だ」
オッサン「これ、かなり前に話したバカ記事と同じ見方をした方がいいんじゃないか?」
おねーさん「バカ記事にゃ?」
オッサン「記事の内容がバカかどうかじゃない。出版社もバカじゃないんだから、誰に読ませるかくらい考えてるって話」
マスター「ああ、想定読者か」
オッサン「そう。俺、記事の中身ばっかり見てたけど、そもそもこれ、誰に向かって書いてるんだ?」
おねーさん「働かないおじさんじゃないのかにゃ?」
オッサン「最初はそう思った。でも、そもそも働かないおじさん本人は、この本を読むかな」
マスター「読んでも自分のことだと思わないんじゃないか」
オッサン「だよな。じゃあ、誰がこの記事を読んで『俺のことか?』と思うんだ?」
おねーさん「どんな人にゃ?」
オッサン「若い頃に活躍した人」
マスター「記事に書いてあるな」
オッサン「それで、今はそれなりのポジションにいる」
おねーさん「年齢を考えれば普通にいそうにゃ」
オッサン「昔より自分で手を動かす仕事が減った」
マスター「役職が上がればそうなるな」
オッサン「計画とか分析とか、人に任せる仕事が増えた」
おねーさん「それも普通にゃ」
オッサン「失敗も避けるようになった」
マスター「責任が増えればな」
オッサン「……俺じゃん」
マスター「知らん」
おねーさん「『働かないおじさん』にゃ。マスターは正しかったにゃ」
***
オッサン「でも、変なんだよ」
マスター「何が」
オッサン「若い頃に活躍した。ポジションが上がった。自分で手を動かす仕事が減った。計画や分析が増えた。失敗に慎重になった」
おねーさん「ここまでなら、普通の昇進にも見えるにゃ」
オッサン「そうなんだよ。それなのに『働かないおじさん』って題名を先に見てるから、全部そっちに見えてくる」
マスター「枠を先に置かれたわけか」
おねーさん「一般的な記述でも、自分に当てはめて読むと、自分のことを言われているように感じる話にゃ?」
オッサン「そう。バーナム効果に近い」
マスター「占いでよく出てくるやつか」
オッサン「ただ、これは結構うまくできてる」
おねーさん「どこがにゃ?」
オッサン「最初に『若い頃は活躍していた』って置いてある」
マスター「悪い気はしないな」
オッサン「『あなたは昔から駄目でした』だったら、自分のことだと思いたくない。でも『あなたは優秀だった』なら入りやすい」
おねーさん「それで、その成功体験が今の問題の原因だと言われるにゃ」
オッサン「そう。成功したと思えば、その成功が原因になる」
マスター「逃げにくいな」
オッサン「しかも、今は自分で手を動かさない、分析や計画が増えた、失敗に慎重になった。役職が上がった人なら、かなり当てはまりそうだろ」
おねーさん「短い記事でも、自分の話として読めるにゃ」
***
オッサン「で、ここからが面白い」
マスター「まだあるのか」
オッサン「この記事を読んで『俺も働かないおじさんかもしれない』と思ったとして、本当にそうなのか?」
おねーさん「記事だけでは分からないにゃ」
オッサン「その人の成果も知らない。部下がどう働いてるかも知らない。本人が何を判断してるかも知らない」
マスター「役割も会社も違う」
オッサン「でも、自分の経歴から記事に合うものを拾えば、一つの話ができる」
おねーさん「若い頃に成功した。昇進した。自分で動かなくなった。慎重になった、にゃ」
オッサン「それを『働かないおじさん』という題名の下に並べる」
マスター「一つの問題に見えるな」
オッサン「でも、題名を変えたらどうなる?」
おねーさん「題名?」
オッサン「『経験豊富な管理職』」
マスター「成功体験は経験になるな」
オッサン「失敗に慎重なのは?」
おねーさん「リスク管理にゃ」
オッサン「自分で手を動かさないのは?」
マスター「委任」
オッサン「計画や分析に時間を使うのは?」
マスター「管理職なら普通だろ」
少し間が空いた。
オッサン「同じ人だぞ」
おねーさん「見方だけ変わったにゃ」
マスター「問題設定が変わったんだろ」
***
オッサン「……それだ」
マスター「何だ」
オッサン「コンサルだ」
おねーさん「急に来たにゃ」
オッサン「いや、急じゃない。コンサルが最初にやる大事な仕事って、問題を解くことじゃないんだよ」
マスター「問題を決めることか」
オッサン「そう。会社の中に『問題』って札を付けた物体が転がってるわけじゃない」
おねーさん「売上が落ちた、とかはあるにゃ」
オッサン「それは現象だよ。市場全体が縮んでるのかもしれない。低採算事業を切った結果かもしれない。利益は増えてるかもしれない」
マスター「売上減少そのものが問題とは限らない」
オッサン「だから、まず何を問題として切り出すかを決める」
おねーさん「問題設定にゃ」
オッサン「『営業の行動量が足りない』と設定すれば、訪問件数を見る」
マスター「『意思決定が遅い』なら承認プロセスを見る」
オッサン「『部門間連携が悪い』なら組織を見る」
おねーさん「問題をどう置くかで、見るものまで変わるにゃ」
オッサン「そうなんだよ。問題を発見してから分析するんじゃない。順番としては、何を問題として見るか。そこから、あるべき状態との差を明らかにして、その差を埋めるために何をするかを決める。これが課題設定」
おねーさん「コンサルはそこまでやるにゃか」
マスター「やる。問題を見つけただけじゃ、仕事にならない」
***
オッサン「そう考えると、『働かないおじさん』って、かなり強い問題設定なんだな」
マスター「題名だけで方向が決まるからな」
オッサン「若い頃の成功も、昇進も、分析も、慎重さも、全部その問題を説明する材料として並び始める」
おねーさん「『経験豊富な管理職』なら、同じ材料が別の意味になったにゃ」
オッサン「問題設定って、答えを変えるだけじゃないんだな」
マスター「質問を変えてるんだから当然だろ」
オッサン「いや、それだけじゃない。何が事実として重要に見えるかまで変える」
おねーさん「見る前に、見方を決めてるにゃ」
オッサン「コンサルって怖い仕事だな」
マスター「今さらか」
オッサン「だって、問題設定がうまければ、相手の会社のことをまだ大して知らなくても、それらしいことが言えるぞ」
マスター「例えば?」
オッサンは少し考えた。
オッサン「『御社は、過去の成功体験が変革を妨げています』」
おねーさん「ありそうにゃ」
オッサン「御社は、『部門間の壁が全体最適を阻害しています』」
マスター「ありそうだな」
オッサン「御社は、『現場と経営層の認識にギャップがあります』」
おねーさん「たぶんどこにでもあるにゃ」
オッサン「ほら。俺、コンサルできるんじゃないか?」
マスター「で、何をするんだ」
オッサン「まず御社、バー《N+2》の課題を整理します」
マスター「クライアントは、何も問題と感じていないぞ」
オッサン「御社のそこが問題です」
マスター「弊社では、そういう話、間に合ってます」
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