番外 オッサンのエッセイ『 I Watch Them Grow』
教育についてつらつら考えていた。それが個人に関してだったら、仲間内で話しているうちに、色々と分かってきた気がする。でも、今回のテーマは、それではない。
教育の目的を社会全体に敷衍しようとしたら?
そんな疑問を抱いているとき、ふと、《What a Wonderful World》の歌詞を思い出した。
I hear babies cry.
I watch them grow.
They’ll learn much more than I’ve ever known.
単純に、これか、と思った。教育を個人について考えるなら、その人が何を知ったか、何ができるようになったかを考えればいい。でも、社会全体なら少し違う。
人間は、毎世代、最初からやり直しているわけではない。前の世代が知ったことを次の世代が受け取り、その先へ行く。自分が何十年もかけて知ったことを、次の人はもっと短い時間で知り、やがて自分が知らなかったことを知る。それは、自分の学生でなくてもいい。自分の子供でなくてもいい。名前も知らない、まだ生まれていない人でもいい。
考えてみれば、これは教育だけの話でもない。人類全体に共通する幸福とは何だろう。人によって欲しいものも、楽しいことも、幸福な人生の形も違う。でも、次の世代が前の世代より多くを知るためには、その前提として、子供が育ち、知識が受け継がれ、文明や文化が途切れずに続いていなければならない。
個人なら、知識が増えれば幸福になるとは限らない。未来の方が幸福だという保証もない。
それでも、人類という単位ならどうだろう。次の世代が前の世代から受け取り、その先へ行く。それが途切れずに続く。案外、これが人類にとっての最大の幸福なのではないか。
《What a Wonderful World》のあの短い一節には、そこまで含まれているように思えた。
***
マスターが読み終えた。
マスター「これ、教育論か?」
オッサン「教育について考えてたら、こうなった」
マスター「人類全体の幸福まで行ってるぞ」
オッサン「行っちゃったんだから仕方ない」
マスター「ずいぶん遠くまで行ったな」
オッサン「で、どう?」
マスター「子供が自分たちより多くを知る。それを嬉しいと思うんだろ」
オッサン「うん」
マスター「普通じゃねえか」
オッサン「……そうなんだよ」
マスター「何だ」
オッサン「人類全体の幸福なんて考えたから、もっと大層なものが出てくると思ってた」
マスター「出なかったな」
オッサン「赤ん坊が育つだけだった」
マスター「十分だろ」
オッサン「……そうか」
マスター「大層じゃないと、人類共通にならないのか?」
オッサン「いや」
マスター「なら、いいじゃねえか」
少し間が空いた。
マスター「歳取ったな」
オッサン「お互いにな」
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