第十四話 ニャンコ教
小さなバー。名前は《N+2》。
オッサン「この前さ、『働かないおじさんの話』したとき、俺、マスター相手にコンサルしたよな」
マスター「頼んでないし、あそこで終わったけどな」
オッサン「で、その次は、幸せ本を読む五十二歳の会社員を相手にした」
おねーさん「イマジナリー・カスタマーにゃ」
オッサン「……俺たち、コンサルしてたよな」
マスター「お前が勝手にな」
オッサン「でもさ、一人一人あれやってたら時間かかるよな」
マスター「どうやったら、そんな結論に行く」
***
オッサン「一人ずつ話を聞いて、質問して、選ばせて、評価関数を推定して」
おねーさん「人によって答えも違うにゃ」
オッサン「商売として効率悪くない?」
マスター「いつ商売になった」
オッサン「だったら、本にすればいいじゃん」
マスター「何を」
オッサン「アドバイスを」
おねーさん「誰に向けてにゃ?」
オッサン「みんな」
マスター「一人ずつ違うから個別に聞いてたんだろ」
オッサン「……」
おねーさん「……」
オッサン「じゃあ、みんなに使える評価関数を一個決める」
マスター「乱暴になったな」
オッサン「例えば、『幸福を第一に考えましょう』」
おねーさん「この前の本にゃ」
オッサン「……あ」
マスター「戻ったな」
オッサン「そういうことか」
おねーさん「何がにゃ?」
オッサン「あの本、一人一人にコンサルできないから、本にして評価関数をまとめて渡してるんじゃない?」
マスター「著者がそう考えたかは知らんが、商品としてはそういう機能を持ち得るな」
オッサン「なるほど。個別対応をやめれば、本になるのか」
マスター「言い方が雑だ」
オッサン「じゃあ俺たちも本を出そう」
マスター「なぜそうなる」
***
オッサン「まず評価関数を決める」
おねーさん「本にするなら、読者ごとに変えられないにゃ」
オッサン「幸福でもいい。成長でもいい。行動でもいい」
マスター「何か一本、軸を置くわけだ」
オッサン「でも、それじゃ普通だな」
マスター「普通でいいだろ」
オッサン「俺たちらしさがない」
おねーさん「いらないにゃ」
オッサン「それなら、ネコだな」
おねーさん「なぜにゃ」
オッサン「『人生が好転するニャンコ思考』」
マスター「安いな」
オッサン「『なぜ成功者はネコを大切にするのか』」
おねーさん「勝手な因果関係を作るにゃ」
オッサン「『ネコに学ぶ七つの習慣』」
マスター「怒られるぞ」
オッサン「『毎日一匹、ネコを見つければ人生が変わる』」
おねーさん「変わらないにゃ」
オッサン「分からんぞ。毎日ネコを探すようになれば、観察力が上がる」
マスター「後から理屈を付けるな」
オッサン「一日一回、ネコに親切にする」
おねーさん「それは悪くないにゃ」
オッサン「寝る前に、その日見たネコを三匹思い出す」
マスター「振り返り」
オッサン「一匹も見つけられなかった日は、なぜ見つけられなかったか考える」
マスター「原因分析」
オッサン「明日はもっと注意して世界を観察する」
おねーさん「改善活動にゃ」
オッサン「ほら、自己啓発本になった」
マスター「ネコを使ってな」
***
オッサン「でも、これ弱くない?」
マスター「十分だろ」
オッサン「だって、『なんでネコを見つけると人生がよくなるんですか』って聞かれたら?」
おねーさん「さっき自分で観察力って言ったにゃ」
オッサン「それだけじゃ弱い」
マスター「何を求めてるんだ」
オッサン「もっと根本的な理由だよ。なぜネコを大切にするのが善いのか」
おねーさん「評価関数そのものの根拠にゃ」
オッサン「そう。それがないと、単なる俺の思いつきじゃん」
マスター「実際そうだ」
オッサン「世界観が必要だな」
マスター「おい」
***
オッサン「ネコは、人間の都合とは無関係に生きている」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「人間が急いでいても、ネコは寝る」
マスター「まあな」
オッサン「人間に仕事があっても、ネコには関係ない」
おねーさん「関係ないにゃ」
オッサン「人間が成功したとか失敗したとか言ってても、ネコには関係ない」
マスター「そりゃそうだ」
オッサン「つまりネコは、世界が人間の評価関数だけで動いているわけではないことを教えている」
おねーさん「……」
マスター「……」
オッサン「どう?」
マスター「ちょっとまともになったな」
おねーさん「自己啓発本から離れてきたにゃ」
オッサン「さらに、ネコを大切にすることは、人間中心の評価関数から一歩外へ出ることでもある」
マスター「お前、それを本に入れるのか」
オッサン「もちろん」
おねーさん「だんだん教義みたいになってきたにゃ」
オッサン「教義?」
マスター「この前のアクシズ教を思い出せ。評価関数がある。その根拠になる世界観がある。そこから行動規範が出てくる」
オッサン「……」
おねーさん「……」
マスター「今度はお前が作る側になってるぞ」
オッサン「……ニャンコ教?」
おねーさん「嫌にゃ」
***
オッサン「でも、この前の話なら、宗教は日常の規範として働くんだったよな」
マスター「そういう面もある、だ」
オッサン「だったらニャンコ教にも世界観が要る」
おねーさん「作る気になってるにゃ」
マスター「やめとけ」
オッサン「ネコは、人間に、世界には人間以外の都合があることを教える」
マスター「さっきのやつだな」
オッサン「だから人間は、自分の都合だけで世界を評価してはいけない」
おねーさん「規範が出たにゃ」
オッサン「そして、そのことを日々忘れないために、ネコを観察する」
マスター「実践までつながった」
オッサン「ネコを大切にすると幸せになります」
マスター「約束したな」
オッサン「ネコを粗末にすると不幸になります」
マスター「脅しも入れたな」
おねーさん「両方使うにゃ」
オッサン「ネコを見て心が安らぐのは、人間中心の評価関数から一時的に解放されている証拠です」
マスター「ネコを見ても安らがない奴は?」
オッサン「まだ教えを十分に理解していません」
マスター「反証不能」
おねーさん「これまで批判したものを順番に入れてるにゃ」
オッサン「理論が強くなってきた」
マスター「逆だ」
***
オッサン「教義第一条。寝ているネコを起こしてはいけない」
マスター「それは守れ」
おねーさん「支持するにゃ」
オッサン「第二条。一日一回、ネコに親切にする」
おねーさん「それも悪くないにゃ」
オッサン「第三条。毎朝、すべてのネコに感謝する」
マスター「急に宗教らしくなったな」
オッサン「第四条。寝る前に、その日見たネコを三匹思い出す」
おねーさん「自己啓発本の名残があるにゃ」
オッサン「一匹も見つけられなかった日は、なぜ見つけられなかったかを考える」
マスター「原因分析」
オッサン「明日はもっと注意して世界を見る」
マスター「改善活動」
オッサン「ニャンコ教徒は、日々成長する」
マスター「何のために」
オッサン「より多くのネコに気づくために」
おねーさん「目的が小さいにゃ」
オッサン「でも達成可能だろ」
マスター「宗教のKPIをネコの発見数にするな」
***
オッサン「教祖も必要だな」
おねーさん「嫌にゃ」
オッサン「まだ指名してない」
おねーさん「先に断るにゃ」
オッサン「お前さんしかいないだろ」
おねーさん「絶対嫌にゃ」
マスター「教祖が入信を拒否してるぞ」
オッサン「じゃあ俺がやる」
マスター「もっと駄目だ」
オッサン「なんで」
マスター「お前はもう別の評価関数で動いてる」
オッサン「何だっけ」
おねーさん「面白いかどうかにゃ」
オッサン「ああ」
マスター「本を出そうと言い出したのも、ニャンコ教を作ったのも、面白いからだろ」
オッサン「そうだな」
おねーさん「信仰心がないにゃ」
オッサン「信仰心はあるぞ。ネコは可愛い。可愛いは正義。可愛いは神。だから、ネコは神」
マスター「それで、ニャンコ教に入ると何が得られるんだ」
オッサン「ネコが可愛いと認識できる」
おねーさん「それ、入信しなくても持てる認識にゃ」
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