第十八話 俺、Z世代かもしれない
小さなバー。名前は《N+2》。
オッサン「俺、Z世代かもしれない」
マスター「違う」
オッサン「まだ何も説明してないだろ」
マスター「生まれた年が違う」
オッサン「価値観が」
マスター「それでも違う」
おねーさん「世代は自己申告制じゃないにゃ」
オッサン「最近さ、Z世代の価値観ってよく見るだろ。仕事よりプライベートを大切にするとか、会社への帰属意識が低いとか、昔からそうだからってだけじゃ納得しないとか」
マスター「お前だな」
オッサン「だろ?」
マスター「でもZ世代ではない」
オッサン「じゃあ何なんだよ」
マスター「お前だ」
オッサン「分類を放棄するな」
おねーさん「個体になったにゃ」
***
オッサン「そもそも世代って、いっぱいあるよな」
マスター「あるな」
オッサン「団塊、しらけ、新人類、バブル、団塊ジュニア、氷河期、ロスジェネ、ゆとり、さとり、ミレニアル、Z」
おねーさん「分類の仕方がばらばらにゃ」
オッサン「そうなんだよ。人口だったり、景気だったり、就職環境だったり、教育制度だったりする」
マスター「Zは?」
オッサン「アルファベット」
マスター「説明になってない」
オッサン「しかも境界も資料によって違う」
おねーさん「Z世代を何年生まれから何年生まれまでとするかも、定義によって違うにゃ」
オッサン「対象集団を確定するところから揉めてるじゃん」
おねーさん「分類だから、目的によって境界が違うこと自体はおかしくないにゃ」
オッサン「それはいいんだよ。切るのはいい。でも自分で切った線を、最初からそこにあった線みたいに扱うなよ」
マスター「面倒になってきたな」
***
オッサン「新人類ってすごいよな」
マスター「名前が?」
オッサン「新しい人類だぞ。ホモ・サピエンスの次みたいじゃん」
おねーさん「今は六十代くらいにゃ」
オッサン「新人類だった人が『最近の若者は理解できない』って言ってる可能性もあるわけ?」
マスター「あるだろうな」
オッサン「新人類が旧人類になってるじゃん」
おねーさん「人類はそのままにゃ」
オッサン「ゆとり世代も言われたよな。競争心がない、打たれ弱い、仕事より私生活」
マスター「言われてたな」
オッサン「今のZ世代論と似てない?」
おねーさん「重なるものはあるにゃ」
オッサン「若い奴が出てくる。上の奴が理解できない。名前を付ける。特徴を並べる。十年くらいすると次の若い奴が来る。また名前を付ける」
マスター「人は生まれるからな」
オッサン「世代論の永久機関じゃん」
***
マスター「でも、調査してるんだろ」
オッサン「調査してればいいってもんじゃない。誰を母集団にして、どこから何人取って、どう回収して、何を聞いて、何と比較した。まずそこを見る」
マスター「仕事になったな」
おねーさん「なったにゃ」
オッサン「それで今の二十代と五十代を比べて差が出たとして、それが年齢の差なのか、同じ時代を生きてる中での違いなのか、出生コーホートの違いなのか。そこを分けないで『Z世代の特徴です』って言われても困る」
マスター「分けられるのか」
オッサン「簡単じゃない。年齢と調査年と出生年は独立じゃないからな」
おねーさん「APCの識別問題にゃ」
オッサン「そう。だから、ちゃんとした研究はそこを何とかしようとする」
おねーさん「実際にあるにゃ。性役割意識について『若者は保守化しているか?』を調べた研究では、NHKの『日本人の意識調査』を使って、一九七三年から二〇〇八年までのデータをコーホート分析してるにゃ」
オッサン「そういうのなら分かる。反復調査を使って、モデルを置いて、仮定を置いて、年齢、時代、コーホートを何とか分けようとする。どこまで言えて、どこから言えないかも考える」
マスター「じゃあ問題ないじゃないか」
オッサン「研究はな」
マスター「研究は?」
オッサン「そこから『Z世代はこういう価値観です』まで、誰が運んだ?」
***
オッサン「例えば若い方が六割、上が五割だったとする。差は十ポイント。統計的に差があったとしてもいい。ところが記事になると『Z世代は仕事よりプライベートを重視』になる。待てよ。上も半分いる。若い方にも四割いる。分布だったものが、いつの間にか集団の属性になってる」
おねーさん「分布が属性になったにゃ」
オッサン「しかも質問紙で直接観測したのは回答だ。価値観そのものじゃない。昔の若者も同じことを思ってたけど、会社では言わなかっただけかもしれない。選好が違うのか、選好の表明が違うのか、それだって分からない」
マスター「また年齢、時代、コーホートか」
オッサン「そう。そこまで苦労して分けようとしてるものを、最後に『Z世代は』の五文字で戻すなよ」
マスター「世代論が嫌いなんだな」
オッサン「違う。雑なのが嫌いなんだよ」
***
オッサン「それで最初に出生年で箱を作る。隣にも箱を作る。仕事、家族、消費、恋愛、会社、幸福、SNS、金、時間。いろいろ聞いて比較する。何かに差が見つかる。はい、『Z世代の特徴が明らかになりました』」
マスター「早いな」
オッサン「最初に分類して、その分類で差を探して、見つかった差で最初の分類を補強する」
おねーさん「箱が実体になったにゃ」
オッサン「そう。もちろん、まともな研究ならそんな単純なことはしない。でも世の中に出ると、『Z世代はこういう人です』になる」
マスター「箱が人になったな」
オッサン「巨大な一人のZ世代君だよ」
おねーさん「何人分にゃ」
オッサン「知らん。でかいんだよ」
オッサンは少し黙った。
オッサン「……待てよ。俺も今、同じことしてたな」
マスター「何を」
オッサン「Z世代ってものが先にあって、それをちゃんと測れてるかどうかに文句言ってた」
おねーさん「はいにゃ」
オッサン「じゃあ、Z世代ってどこにあるんだ?」
***
マスター「人だろ」
オッサン「人はいる。出生年もある。でも、どこからどこまでをZ世代とするかは人間が決めた」
マスター「そうだな」
オッサン「じゃあZ世代って、人間が作ったもの?」
おねーさん「そう言い切れるにゃ?」
オッサン「だって境界を引いたのは人間だろ。……いや、待て」
マスター「何だ」
オッサン「Lost Generationは?」
マスター「第一次世界大戦の?」
オッサン「そう。あれまで『人間が勝手に作った分類です』で片付けていいのか?」
おねーさん「何が違うと思うにゃ」
オッサン「先に戦争があるんだよ。統計屋が出生年で箱を作って、差を探したわけじゃない」
マスター「歴史が先か」
オッサン「そう。こっちは歴史が世代を作った」
おねーさん「戦争が『ここからここまでがLost Generationです』と決めたにゃ?」
オッサン「……決めてない」
マスター「じゃあ、やっぱり人間が線を引いたのか」
オッサン「いや。線を引いた、で同じにしちゃ駄目なんじゃないか?」
おねーさん「どう違うにゃ」
オッサン「先に線を引いて、その中に差を探したんじゃない。先に戦争があった。若いときにそこへ放り込まれた人がいた。死んだ人がいた。生き残った人がいた。それまで信じていたものを、そのまま信じられなくなった人もいた。その中には、それまでと同じ世界には戻れなかった人もいた。その断絶を語ろうとしたら、括らざるを得なかった」
マスター「線を引きたかったんじゃない」
オッサン「引かざるを得なかった」
***
おねーさん「それなら、Lost Generationだけじゃないにゃ」
オッサン「他にもある?」
おねーさん「第二次世界大戦のWar Generationにゃ。戦争を直接経験したことによって形成されたhistorical generationとして研究されてるにゃ」
マスター「また戦争か」
オッサン「歴史の方が先にある」
おねーさん「はいにゃ。生まれた年が近いから似た人たちを探したんじゃないにゃ。同じ歴史的経験をした人たちを、世代として捉えてるにゃ」
オッサン「Lost Generationと同じ向きだな」
おねーさん「それと、オッサンはさっき一つ混ぜてたにゃ」
オッサン「何を?」
おねーさん「就職氷河期にゃ」
オッサン「……あ」
マスター「最初に並べてたな」
オッサン「団塊、新人類、バブル、ゆとり、Zと一緒に」
おねーさん「就職氷河期は、単にその年代の人に特徴的な回答が見つかったから付いた名前じゃないにゃ。学校を出て労働市場に入る時期に、実際に雇用環境が悪化していたにゃ」
オッサン「外側に先に条件がある」
おねーさん「それだけじゃないにゃ。その時期に正社員になれなかった人は、その後に正社員へ移っても、キャリアや所得への影響が残っていることが調査で示されてるにゃ」
マスター「若いときだけの話じゃないのか」
おねーさん「はいにゃ。だから単に『今の四十代、五十代を調べたらこういう特徴がありました』という話とは違うにゃ。労働市場へ入った時点の条件と、その後の経路がつながってるにゃ」
オッサン「……それ、世代として括る理由があるじゃん」
おねーさん「あるにゃ」
オッサン「Lost GenerationやWar Generationと同じではない。でも構造は似てる。先に人間を切って特徴を探したんじゃない。先に歴史的な条件があって、それに巻き込まれた人がいる」
マスター「歴史の方から人間を切ってくる」
オッサン「そういうことか」
少し間が空いた。
オッサン「……俺、最初にそれを潰してたじゃん」
おねーさん「はいにゃ」
オッサン「世代分類は雑だって言うために、新人類もZ世代も就職氷河期も、全部『○○世代』って箱に入れた」
マスター「雑な分類だな」
オッサン「俺が批判してたやつじゃん」
おねーさん「しかも逆向きにゃ」
オッサン「逆?」
おねーさん「雑な分類は、ない差をあるように見せるだけじゃないにゃ」
オッサン「……ある差を、ないようにも見せるのか」
マスター「全部同じものとして扱えばな」
オッサン「そうか。『世代論なんて全部雑だ』で終わったら、雑な世代論のせいで、本当に世代として見る必要があるものまで見えなくなる」
おねーさん「はいにゃ」
マスター「やりすぎたな」
***
オッサン「しかも、人間を分類する場合はもう一つ面倒だ」
マスター「まだあるのか」
オッサン「石を分類しても、石は分類表を読まないだろ」
マスター「読まんな」
オッサン「人間は読む」
おねーさん「読むにゃ」
オッサン「『あなたたちはZ世代です。こういう価値観を持っています』って書かれた記事を、Z世代本人が読む。『俺たちってそうなんだ』と思う。それを使って自分を説明する。場合によっては行動まで変わる」
マスター「分類した結果が、分類した相手に戻るのか」
オッサン「そう。説明してたはずなのに、その説明が対象を変える」
おねーさん「そして変わった対象を、また調べるにゃ」
オッサン「世代論の永久機関が完成した」
マスター「さっき完成させるなって言ってただろ」
***
オッサン「やっぱり、世代って言葉、安売りしたくないな」
マスター「なぜ」
オッサン「Lost Generationと、『最近の若者は飲み会に来ません』を同じ棚に置きたくない」
おねーさん「どちらも世代にゃ」
オッサン「だからだよ」
マスター「名前が同じだからか」
オッサン「うん。それで一緒くたにしたら、何が人間をその世代にしたのかが見えなくなる」
おねーさん「就職氷河期もにゃ」
オッサン「そう。俺、最初にやったけどな」
マスター「雑に」
オッサン「もういいよ」
少し間が空いた。
オッサン「それに、ああいう世代はもう作っちゃいけない」
マスター「Lost Generationみたいな?」
オッサン「うん」
しばらく、三人とも黙った。
***
マスター「で、最初の話は?」
オッサン「俺がZ世代かもしれない」
マスター「違う」
オッサン「でも、俺がZ世代って言葉を知って、そこに書かれてる価値観を読んで、自分と似てると思って、自分を説明するのに使い始めたら、俺とZ世代って完全に無関係なの?」
おねーさん「分類の影響は受けてるにゃ」
オッサン「だろ?」
マスター「でもZ世代ではない」
オッサン「じゃあ何なんだよ」
マスター「Z世代という分類の影響を受けたオッサンだ」
オッサン「長いよ」
おねーさん「個体に戻ったにゃ」
コメント
コメントを投稿
ご感想をどうぞ。コメントは承認後に公開されます。読者同士の議論ではなく、作品へのコメントとしてお寄せください。