第七話 巴里祭

小さなバー。名前は《N+2》。

オッサンが店に掛かっているカレンダーを、ぼーっと見ていた。

オッサン「今日は七月十四日か」

おねーさん「巴里祭にゃ」

オッサン「巴里祭って何?」

おねーさん「バスティーユ監獄襲撃の日。フランス革命の起点日とされているにゃ」

オッサン「一七八九年」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「そういえば、フランス革命っていつ終わったの?」

おねーさん「どこを終わりにするにゃ?」

オッサン「え?」

おねーさん「一七九九年のブリュメール十八日のクーデターを終点にすることは多いにゃ」

オッサン「多いってことは、違う説もあるの?」

おねーさん「あるにゃ。どこまでを革命として見るかで変わるにゃ。テルミドールの反動を大きな区切りと見ることもあるし、ナポレオンの時代まで連続して見ることもあるにゃ」

オッサン「ナポレオンまで?」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「……なんでナポレオン?」

おねーさん「何がにゃ?」

オッサン「いや、フランス革命だろ。王様倒して、共和政になったんだろ?」

おねーさん「そうにゃ」

オッサン「俺の記憶だと、フランス革命があって、恐怖政治があって、ナポレオンが出てきて、ヨーロッパがぐちゃぐちゃになって、ナポレオンが失脚する」

マスター「雑だな」

オッサン「でも、だいたいそうだろ?」

おねーさん「だいたい過ぎるにゃ」

オッサン「で、なんでナポレオン?」

おねーさん「革命のあと、フランスは戦争をしてたにゃ」

オッサン「誰と?」

おねーさん「ヨーロッパの国々とにゃ」

オッサン「なんで?」

おねーさん「そこからやるにゃ?」

オッサン「だって、フランス国内の革命だろ」

おねーさん「国内だけでは済まなかったにゃ。周囲は君主国だし、亡命貴族もいる。フランス側にも革命を国外へ広げようとする動きがあったにゃ」

オッサン「それで軍人が重要になった」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「ナポレオン」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「ヨーロッパ中で戦争して、ロシアで失敗する」

おねーさん「だいぶ飛ばしたにゃ」

オッサン「それで失脚する」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「島流しになったのは覚えてる」

おねーさん「エルバ島にゃ」

オッサン「その後は?」

おねーさん「王政復古にゃ」

オッサン「王政復古?」

おねーさん「ブルボン朝が復活するにゃ」

オッサン「王様が戻るの?」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「……フランス革命、失敗してるじゃん」

おねーさん「そう思うにゃ?」

オッサン「だって王様倒したんだろ。それで最後に王様が戻ってきたら、元に戻ってるじゃん」

おねーさん「一八三〇年、七月革命にゃ」

オッサン「……また革命?」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「フランス革命、終わってないじゃん」

おねーさん「これは七月革命にゃ」

オッサン「名前変えただけじゃん」

おねーさん「違うにゃ」

オッサン「何が違うの?」

おねーさん「一七八九年の革命と一八三〇年の革命は、同じ出来事ではないにゃ」

オッサン「でも、つながってるだろ?」

おねーさん「つながってるにゃ」

オッサン「王政倒して、ナポレオンが出て、王政が戻って、また革命だろ」

おねーさん「そうにゃ」

オッサン「どこで切ったんだよ」

マスター「まだ続くはずだぞ」

オッサン「何が?」

おねーさん「一八四八年にも革命が起きるにゃ」

オッサン「また?」

おねーさん「二月革命にゃ」

オッサン「ちょっと待って」

マスター「何だ」

オッサン「じゃあ、最初の質問に戻るぞ」

おねーさん「何だったにゃ?」

オッサン「フランス革命って、いつ終わったの?」

***

おねーさん「何をフランス革命と呼ぶかを先に決めないと、終わりも決まらないにゃ」

オッサン「最初に戻った」

マスター「お前が戻したんだ」

オッサン「でも、一七八九年に起きたことも、一七九九年に起きたことも、一八三〇年に起きたことも、それぞれ事実なんだろ?」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「一七八九年は?」

おねーさん「旧体制が崩れ始めて、最後には王政そのものが倒れたにゃ」

オッサン「王様を倒した」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「一七九九年は?」

おねーさん「ナポレオンがクーデターで実権を握ったにゃ」

オッサン「革命からナポレオンの時代になった」

おねーさん「だいたいそうにゃ」

オッサン「一八三〇年は?」

おねーさん「ナポレオンの失脚で復古したブルボン朝が、七月革命で倒れたにゃ」

オッサン「今度こそ共和政?」

おねーさん「ならないにゃ。ルイ=フィリップが王になったにゃ」

オッサン「王様を倒して、別の王様にした?」

おねーさん「そうにゃ」

オッサン「それが七月王政?」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「で、一八四八年は?」

おねーさん「その七月王政が二月革命で倒れたにゃ」

オッサン「今度は?」

おねーさん「共和政にゃ」

オッサン「ここで終わりか」

おねーさん「何がにゃ?」

オッサン「革命の流れ。王様いなくなったんだろ?」

おねーさん「一八五二年に第二帝政が始まるにゃ」

オッサン「帝政?」

おねーさん「ナポレオン三世にゃ」

オッサン「……またナポレオン?」

おねーさん「甥にゃ」

オッサン「いつまで経っても終わらないじゃん」

マスター「だから切るんだろ」

オッサン「何を?」

マスター「歴史を」

オッサン「でも、つながってるぞ」

おねーさん「つながってるから、切らないと一つの出来事として扱えないにゃ」

オッサン「フランス革命って名前をつけるために?」

おねーさん「名前をつけるためでもあるし、説明するためでもあるにゃ」

マスター「全部つなげたら世界史になる」

オッサン「世界史だって、その前があるだろ」

マスター「だから終わらない」

オッサン「……それで切るのか」

おねーさん「切れば、一つの出来事として考えられるにゃ」

オッサン「でも、切ったところで本当に歴史が切れてるわけじゃない」

おねーさん「事実は続いてるにゃ。でも、そのどこからどこまでを一つの『出来事』としてまとめるかは別の話にゃ」

オッサン「それで、教科書ならフランス革命っていう一項目か」

マスター「切らないと書けないだろ」

オッサン「それはもう分かった」

おねーさん「単元にゃ」

オッサン「問題は、切った先だよ。詳しく知ろうとしたらどうなる?」

おねーさん「革命戦争が出てくるにゃ」

オッサン「調べる」

おねーさん「周囲の君主国との関係は?」

オッサン「調べる」

おねーさん「フランスの財政、身分制、啓蒙思想は?」

オッサン「……増えてるな」

マスター「一項目を詳しくしたら、別の項目が増えたな」

オッサン「一行を詳しくしたら一冊になって、一冊読んだら別の本が増えるのか」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「終わらないじゃん」

マスター「歴史の方は、とっくに終わってる」

オッサン「そういう話じゃなくてさ」

***

オッサン「教科書だと、フランス革命、恐怖政治、ナポレオンって順番だったんだよ」

おねーさん「時間は前に進むにゃ」

オッサン「でも『なんでナポレオン?』って聞いただけで、戦争が出てきた。戦争を追えば外国が出てくる。王政復古を追えば革命前まで戻る」

マスター「年表は一本道だ」

オッサン「歴史は?」

マスター「年表じゃない」

オッサン「一つの出来事から何本も線が出て、別の線とまたつながる?」

おねーさん「そうにゃ」

オッサン「網みたいだな」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「それを学校では切って、順番に並べてた」

マスター「教えるからな」

オッサン「で、俺の頭の中に入ったら、さらにひどくなった」

マスター「知ってる」

オッサン「フランス革命、恐怖政治、ナポレオン。ほとんど点しか残ってない」

おねーさん「でも残ってたにゃ」

オッサン「そうなんだよ。だから今日、『なんでナポレオン?』って聞けた」

おねーさん「そこから、また線が増えたにゃ」

オッサン「点しか残ってなくても、そこからまた網に入れるのか」

おねーさん「つなぎ直せるにゃ」

オッサン「……前にもそんな話したな」

マスター「お前はだいたい忘れてからつなぎ直してる」

オッサン「じゃあ俺、フランス革命を忘れてたわけじゃないのか」

マスター「だいぶ忘れてたぞ」

おねーさん「でも、入口は残ってたにゃ」

***

おねーさん「ところで、なんでわざわざ今日が七月十四日って?」

オッサン「俺の誕生日だから」

おねーさん「……」

マスター「……」

おねーさん「先に言うにゃ」

オッサン「聞かれなかったから」

マスター「おめでとう」

おねーさん「おめでとにゃん」

オッサン「ありがとう」

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