第六話 読めてるはず

小さなバー。名前は《N+2》。

オッサンが、少しもじもじしながら切り出した。

オッサン「この前のドイツ語の話なんだけど」

マスター「何」

オッサン「カントの原典、読んでみた」

おねーさん「読んだにゃ?」

オッサン「いや、読もうとした」

マスター「で?」

オッサン「無理だった」

おねーさん「早かったにゃ」

オッサン「俺のドイツ語では、哲学以前の問題だった」

マスター「知ってた」

オッサン「で、気付いた」

おねーさん「何をにゃ?」

オッサン「そのとき、ドイツ語を何とか日本語にしようとしていた」

マスター「で?」

オッサン「いや、そこで気づいたんだよ」

マスター「何に」

オッサン「俺、英語読むとき、日本語に訳してないな」

おねーさん「それで読めてるにゃ?」

オッサン「読めてるよ」

マスター「それをどう確認するんだ?」

オッサン「何を?」

マスター「お前が読めてること」

オッサン「俺には分かるぞ」

マスター「第三者には?」

オッサン「……分からないな」

おねーさん「理解そのものは外から見えないにゃ」

オッサン「じゃあ、何か外に出さないと分からない?」

マスター「そうなるな」

***

オッサン「内容について質問すればいい」

おねーさん「答えられれば、理解しているとは考えられるにゃ」

オッサン「要約させる」

マスター「それもある」

オッサン「その情報を使って何かやらせる」

マスター「仕事ならそれだな」

オッサン「俺が英文の市場資料を読んで、数字を拾って比較して判断する。それで仕事ができてるなら、読めてるだろ」

おねーさん「少なくとも、その仕事に必要な範囲では理解していると考えられるにゃ」

オッサン「また『考えられる』か」

おねーさん「頭の中は見えないにゃ」

オッサン「結局、外に出てきたものを見るしかない」

マスター「第三者にはな」

オッサン「じゃあ、日本語に訳させるのも同じか」

おねーさん「一つの出力にはなるにゃ」

オッサン「でも俺、仕事で英文を読むとき、自分の理解を示すことなんてしないぞ」

マスター「必要ないからな」

オッサン「読んで、必要なところを使う。それで終わり。やっぱり、頭の中で一文ずつ日本語にするようなことはしてない」

おねーさん「それでも内容は理解しているにゃ?」

オッサン「してる」

おねーさん「なら、理解することと日本語に訳すことは同じではないにゃ」

オッサン「だよな」

マスター「逆は?」

オッサン「逆?」

マスター「日本語に訳せたら、理解したことになるのか」

オッサン「……それも怪しいな」

***

おねーさん「文の構造を取って、単語を置き換えて、それらしい日本語を作ることはできるにゃ」

オッサン「昔やったな。主語を探して、動詞を探して、修飾関係をほどいて」

マスター「それも読解の一部だろ」

オッサン「一部ではある。でも訳文ができても、結局こいつ何を言ってるんだ、ってことはある」

おねーさん「逆に、意味は分かるのに日本語にしにくいこともあるにゃ」

オッサン「ある。すごくある」

マスター「なら翻訳という作業には別の能力も入る」

オッサン「日本語の文章力とか」

おねーさん「訳語を選ぶ力もにゃ」

オッサン「英語を読んで理解するのと、その理解を日本語の文章にするのは、別の処理か」

マスター「重なるところはあるがな」

オッサン「じゃあ和訳できることは、読めることの証拠にはなる。でも同じものじゃない」

おねーさん「そうにゃ」

オッサン「なんか面倒になってきたな」

マスター「単純化すれば良い。単語だ」

オッサン「ああ」

***

オッサン「単語を知ってることと、英文を読めることも同じじゃないよな」

おねーさん「語彙は必要にゃ」

オッサン「必要。でさ、俺って単語帳をほとんど使ったことがなかったんだよ」

マスター「どうやって覚えた」

オッサン「読んだ」

マスター「雑だな」

オッサン「とにかく大量に読んだ。分からない単語が出ても、文章が読めてるうちはそのまま進む」

おねーさん「調べないにゃ?」

オッサン「その単語が分からないせいで解釈が壊れたら調べる。あと、意味は通るけどニュアンスが気になったとき」

マスター「必要になったら辞書を引く」

オッサン「そう。最初のうちは、教材の語彙が少ないから問題ない。高校辺りから、知らない単語が増えてくる。全部調べてたら読む行為が邪魔されまくる」

おねーさん「文章によっては、キーワード的に何度も出てくる単語もあるはずにゃ」

オッサン「そういうのは、そのうち意味が絞れてくる。必要ならそこで調べる」

マスター「読む方を止めないわけだ」

オッサン「うん」

少し間が空いた。

オッサン「ところが、ある程度まで語彙が増えると変わった」

おねーさん「どう変わったにゃ?」

オッサン「知らない単語に出会うこと自体が減るだろ」

マスター「当然だな」

オッサン「そうすると、たまに知らない単語が出てきたとき、今度いつ会えるか分からないんだよ」

おねーさん「次に出てくるのを待てないにゃ」

オッサン「そう。下手すると二度とお目にかからない。だから、その頃はこまめに辞書を引くようになった」

マスター「最初と逆だな」

オッサン「しかも、日本語に邪魔されたくなくて、英英辞書を使ってた」

おねーさん「語彙が増えたことで、辞書を引く基準どころか、辞書も変わったにゃ」

オッサン「ところが、さらに読んでたら、また変わった」

マスター「まだあるのか」

オッサン「その頃まで残ってる知らない単語って、だいたい共通してるんだよ」

おねーさん「どういう単語にゃ?」

オッサン「形容詞とか、形容動詞みたいな働きをする言葉。それも文学的なやつ」

マスター「分からなくても文の骨格は壊れない」

オッサン「そう。誰が何をしたかは分かる。何が起きたかも分かる。その様子をものすごく凝った単語で形容されても、そこが分からないだけ」

おねーさん「理解の精度は少し落ちるけど、全体は崩れないにゃ」

オッサン「それに気づいてから、またほとんど辞書を引かなくなった」

マスター「引かない、引く、また引かない」

オッサン「そうなった」

***

おねーさん「面白いにゃ」

オッサン「何が?」

おねーさん「最初、知らない単語が多いときには調べないにゃ」

オッサン「うん」

おねーさん「次は、知らない単語が珍しくなったから調べるにゃ」

オッサン「うん」

おねーさん「最後は、残った知らない単語が分からなくても読めると分かったから、また調べないにゃ」

オッサン「そういうことになるな」

マスター「知らない単語がある、という状態は同じなのにな」

オッサン「でも意味が違う」

おねーさん「何を知らないかの程度が違うにゃ」

オッサン「ああ」

マスター「それを知らなくても先へ進めるかどうかも分かってる」

オッサン「それも読めるってことの一部なのか」

おねーさん「全部の単語を知っていることだけが、読むことではないにゃ」

オッサン「分からないものがあっても、どこまで分かっているか分かる」

マスター「必要なら止まる」

おねーさん「必要なければ進むにゃ」

オッサン「なんか、読解力って思ってたより変な能力だな」

マスター「今頃か」

***

オッサン「じゃあ、英語が読めるって何なんだ?」

マスター「また大きくしたな」

オッサン「単語を全部知ってることじゃない」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「日本語に訳せることとも同じじゃない」

おねーさん「そうにゃ」

オッサン「文法が分かるだけでもない」

マスター「背景知識も要る」

オッサン「知らないものを推測することもある」

おねーさん「分からないところを残したまま、全体を理解することもあるにゃ」

オッサン「しかも、何を読むかで違う」

マスター「市場資料と小説じゃ違うな」

オッサン「市場資料なら読める」

マスター「文学は?」

オッサン「知らない形容詞は飛ばす」

マスター「威張るな」

オッサン「話は分かるぞ」

おねーさん「色が少し薄くなるにゃ」

オッサン「うまいこと言うな」

少し間が空いた。

おねーさん「じゃあ、オッサンは英語が読めるにゃ?」

オッサン「読めるよ」

マスター「それをどう確認するんだ?」

オッサン「またそこか」

マスター「最初からそこだ」

オッサン「内容について聞けばいい」

マスター「答えられたら?」

オッサン「読めたと考える」

おねーさん「考える、にゃ」

オッサン「……本人以外には、直接は分からないのか」

マスター「そうだな」

オッサン「でも俺は読めるぞ」

マスター「じゃあ読む本は決まりだな」

オッサン「何」

マスター「カントの英訳」

オッサン「それは英語の問題じゃない」

おねーさん「それをどう確認するにゃ?」

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