番外編 マスターの営業日誌(店舗内限定閲覧可能ブログ)GNDは地面じゃない

◎月◎日。

天候、晴れ。

客入り、普通。 売上、普通。 特記事項なし。

今日、またオッサンが妙なことを言い出した。

「電波放送の電波って、地面との電位差だよな」

違う。

「違うの?」

違う。

電波は電磁波だ。

電場と磁場が時間的に変化しながら空間を伝わっていく。

「でも電場って電位差だろ?」

そこが面倒なところだ。

静電場なら、二点間の電位差で考えてかなりのところまでいける。

だが電磁波では、時間変化する電場と磁場が結びついている。

ラジオの電波が、放送局と地面の間に巨大な電圧をかけて、その電位差が東京まで伸びてきているわけではない。

「じゃあ地面は関係ないの?」

関係する場合はある。

「どっちだよ」

そういう話を今からする。

電気の話をしていると、GNDという言葉が出てくる。

Ground。

地面だ。

回路図にもGNDの記号がある。

だから初めて見ると、地面につながっていると思う。

実際、地面につながっていることもある。

だが、つながっていないこともある。

「詐欺じゃん」

詐欺ではない。

そもそも電圧とは何か。

電位差だ。

ある点の電位が5 Vだと言ったところで、それだけでは本当は情報が足りない。

何に対して5 Vなのか。

回路では、基準になる点を決める。

そこを0 Vとする。

そして、

ここは0 V。

ここはそれより5 V高い。

ここは3.3 V高い。

ここは12 V低い。

そうやって回路を記述する。

その基準点をGNDと呼ぶことがある。

「地面じゃないのに?」

地面じゃなくても。

乾電池を一本、机の上に置く。

どこにもつながっていない。

マイナス端子を基準にすれば、プラス端子は約1.5 Vだ。

「マイナスがGND?」

そう決めればな。

「じゃあプラスをGNDにしたら?」

マイナス端子が約マイナス1.5 Vになる。

「同じ電池なのに?」

同じだ。

変わったのは基準だけだ。

オッサンが黙った。

たぶん、この辺りから嫌な予感がしていた。

GNDは、必ずしも地球ではない。

単に回路の基準電位であることがある。

では、なぜGroundなどという名前になったのか。

実際に地面を基準として使う電気システムがあるからだ。

大地は巨大だ。

導体として完全ではないが、電力系統や通信では、基準として利用できる場合がある。

さらに安全のために機器の金属筐体を大地へ接続することもある。

これが保護接地だ。

漏電したとき、人間ではなく安全な経路へ電流を流す。

ここでは地面は、本当に地面だ。

ところが電子回路のGNDは違う。

信号の基準かもしれない。

電源の基準かもしれない。

筐体の基準かもしれない。

それぞれを、

信号GND。

電源GND。

シャーシGND。

などと呼ぶ。

同じ機器の中に複数のGNDがあることさえある。

「GNDなのに同じ電位じゃないの?」

理想的には同じにしたい場合もある。

現実には配線にも抵抗がある。インダクタンスもある。

電流が流れれば電位差ができる。

高周波ならさらに面倒になる。

「0 Vなのに0 Vじゃない?」

そうだ。

「何なんだよGND」

基準だと言ってるだろ。

ここで最初の電波の話に戻る。

アンテナにも、地面を利用するものがある。

特に低い周波数では、大地をアンテナ系の一部として利用することがある。

だから、

電波。

アンテナ。

アース。

GND。

この辺りの言葉を続けて見ると、

電波とは地面との電位差が飛んでくるものだ、

と思いたくなる。

だが違う。

アンテナが電磁場を作る仕組みと、回路の基準電位と、保護接地と、大地を利用するアンテナ系は、関係はしていても同じものではない。

「じゃあ交流電源のアースは?」

また別の役割が混ざる。

家庭のコンセントなら、電力を供給する線と、安全のための保護接地を区別しなければならない。

「でも発電所まで行けばつながってるだろ?」

系統のどこを接地するかという話になる。

「三相交流なら?」

さらに話が増える。

「中性点?」

そうだ。

三相交流では三つの相互の電圧を考えられる。

中性点を基準に各相の電圧を表すこともできる。

中性点を接地する方式もある。

接地しない方式もある。

「また基準か」

そうだ。

ここまで来ると、オッサンが嬉しそうな顔をした。

嫌な予感がした。

「つまりさ」

言うな。

「電位って――」

言うな。

「絶対値には意味がなくて、基準との関係で決まるんだな」

だいたいそうだ。

「ということは――」

そこから先は禁止した。

電位は差として扱う。

だから測るには基準がいる。

回路では、その基準を0 Vと置く。

重要なのは、

0 Vだから基準なのではない。

基準にしたから0 Vなのだ。

ここまでが電気の話だ。

オッサンはしばらく黙っていた。

やがて言った。

「人間の価値判断も――」

帰れ。

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