宇宙への脱出編 限界の限界

オッサン「で、なんで増やしたいんだろうな」

マスター「何をだ」

オッサン「金でも、会社でも、経済でもいい。さっきの話だよ」

おねーさん「測りやすい理由と、増やしたい理由は別だったにゃ」

オッサン「そう。考えてたんだけど、これ、経済の問題じゃないんじゃないか?」

マスター「何の問題だ」

オッサン「生物」

マスター「大きく出たな」

オッサン「逆。下に降りたんだよ」

マスター「どういう意味だ」

オッサン「生物って、放っておくと増えるだろ」

マスター「条件が良ければな」

オッサン「そう。無限に増えるとは言ってない。でも、増えられる条件があって、空いてる場所があったら、そこをわざわざ空けておかないだろ」

マスター「生息域は広がるな」

オッサン「個体数も増える。一つの生物種に限った話じゃない。何もないところから植生ができて、群集が変わっていく。生態学でいう遷移だってそうだろ」

おねーさん「ずっと同じ種類が増えるわけではないにゃ」

オッサン「そう。種は入れ替わってもいい。空間が利用可能なら、何かがそこを使う」

少し間が空いた。

オッサン「……まるで経済活動じゃないか」

マスター「順番が逆だろ」

オッサン「そう。経済活動が生物に似てるんだ」

おねーさん「増えられるところまで増えて、広がれるところまで広がるにゃ」

オッサン「そうなんだよ。だから、経済がなんで増えたがるのかを、経済の中だけで考えなくてもいいんじゃないかと思った」

マスター「生物の方から見る?」

オッサン「うん。生物は、なんで増えるんだ?」

マスター「増えたいから増えたわけじゃない。増えたものが残った」

オッサン「そうなんだよな。もっと下まで降りると、DNAか」

おねーさん「複製されるものにゃ」

オッサン「だったら、増殖ってDNA型生物の宿命みたいなものじゃないか?」

マスター「宿命は言い過ぎだ」

オッサン「でも、増えないものは続かない」

マスター「それならな」

オッサン「だったら経済の『成長』も、この増殖の延長だったりしないか?」

マスター「生物と経済は別だぞ」

オッサン「分かってる。でも、増やして、広げて、また増やす。妙に似てるんだよ」

***

オッサン「じゃあさ、DNAが増えたがってることにしたら?」

マスター「ことにするのか」

オッサン「そう仮定すると分かりやすい。ドーキンスの『利己的な遺伝子』と同じだろ」

マスター「何だそれ」

オッサン「個体や群れのレベルで見てると不可解な行動でも、遺伝子が自分を残そうとしてると考えると辻褄が合う」

おねーさん「本当に意志があるという意味ではないにゃ」

オッサン「もちろん」

マスター「なるほど」

オッサン「で、その考え方を、人間にも当てはめてみる」

マスター「人間もDNA型生物だからな」

オッサン「そう。ヒトだけ例外だと考える理由もない」

少し考えた。

オッサン「ヒトは、自分の身体以外のものまで増やす。食料、土地、生産物、財産」

おねーさん「増やす対象が外に出たにゃ」

オッサン「そして最後に貨幣を作った」

マスター「究極のメディアか」

オッサン「いろんな価値を翻訳できて、保存できて、数字で量れる」

おねーさん「増やす対象としても便利にゃ」

オッサン「そう。DNAは増えたがる。ヒトも増やしたがる。だったら、ヒトが作った究極の価値メディアにも増殖を求める」

マスター「それで金を増やしたがる?」

オッサン「そう考えると、妙に辻褄が合うだろ」

***

マスター「じゃあ、どこまで増やすんだ」

オッサン「どこまで?」

マスター「地球は有限だぞ」

オッサン「考えてもみろ。天文学者は地球の終焉まで考えてる。いずれ太陽は赤色巨星になる」

おねーさん「地球そのものが、ずっと住める場所じゃないにゃ」

オッサン「そう。だったらDNAの存続という観点では、答えは単純だ」

マスター「外へ出る?」

オッサン「そう。地球が終わるなら、地球の外へ出ればいい」

おねーさん「DNAが外に出たがってる、という仮定とも辻褄が合うにゃ」

オッサン「そうなんだよ」

少し間が空いた。

オッサン「DNAを残すという評価関数なら、地球外進出は妥当になる。人類じゃなくても良い。地球由来の生命が残ればいい」

マスター「微生物でも?」

オッサン「……いいことになるな」

おねーさん「人類は主役じゃなくなるにゃ」

オッサン「運び屋か」

マスター「何の」

オッサン「DNAの」

少し間が空いた。

オッサン「だったら、人類が宇宙へ出る理由も変わるな」

マスター「人類を残すためじゃない」

オッサン「DNAを運ぶためだ」

おねーさん「人類そのものが手段になるにゃ」

オッサン「そうなるな」

少し考えた。

オッサン「でもさ、なんでDNAを残さなきゃいけないんだ?」

マスター「知らん」

オッサン「だよな」

おねーさん「DNA自身は、残してくれとは言わないにゃ」

オッサン「そうなんだよ。増殖するから増殖してきただけだ」

マスター「ああ」

オッサン「なのに、ここまで来ると、なんとなく残した方がいい気がする」

おねーさん「生命をにゃ?」

オッサン「うん。生命のない惑星より、生命がいる惑星の方がいいような気がする」

マスター「誰にとって?」

オッサン「……あ」

おねーさん「生命にとって、とは言えないにゃ」

オッサン「微生物は『生命は素晴らしい』なんて言わないもんな」

マスター「言ってるのはお前だ」

オッサン「俺か」

少し間が空いた。

オッサン「じゃあ、DNAを残すっていう評価関数を置いたのも?」

マスター「お前だ」

オッサン「DNAのせいにしてたのに」

おねーさん「戻ってきたにゃ」

オッサン「それにしても、『生命のない荒涼とした惑星』って言うよな」

マスター「言うな」

オッサン「『生命あふれる星』とも言う」

おねーさん「もう言葉の時点で評価が入ってるにゃ」

オッサン「荒涼としてるのが悪くて、あふれてるのが良さそうだ」

マスター「岩石には関係ない」

オッサン「そうなんだよ。生命がない惑星は、別に困ってない」

おねーさん「生命が来てほしいとも思ってないにゃ」

オッサン「なのに俺は、生命が広がる方を良いと思ってる」

少し間が空いた。

オッサン「じゃあ、生命のない惑星に地球の微生物を撒いたら?」

マスター「地球由来の生物が侵入して増殖する」

オッサン「地球で同じことをやったら?」

おねーさん「外来種にゃ」

オッサン「……急に悪そうになったな」

マスター「現象は同じだ」

オッサン「増殖して、生息域を広げる」

おねーさん「最初に戻ったにゃ」

オッサン「結局、評価するのは俺か。増えること自体には、良いも悪いもないものな」

マスター「増えてるだけだからな」

おねーさん「良い悪いをつけてるのは人にゃ」

マスター「ああ」

オッサン「宇宙まで行っても俺がいた」

マスター「しぶといな」

少し間が空いた。

オッサン「じゃあ、俺はどこまで考えればいいんだ?」

マスター「自分で決めろ」

オッサン「そうなるよな」

おねーさん「何を一単元にするかにゃ」

オッサン「俺の人生を一単元にするなら、何十億年後の地球なんて知らん」

マスター「ああ」

オッサン「人類も、地球生命も、そこから先は知らん」

おねーさん「切ったにゃ」

オッサン「うん。でも、俺の人生で切る必然性もない」

マスター「お前が切っただけだ」

オッサン「arbitraryか」

マスター「ああ」

少し間が空いた。

オッサン「会社も同じだな」

マスター「戻ったな」

オッサン「会社で切れば、成長を求めるのも辻褄が合う」

おねーさん「来年も成長するにゃ?」

オッサン「するんじゃない?」

マスター「他人事だな」

オッサン「最初は『成長の限界』だったんだけどな」

マスター「ああ」

オッサン「地球の外まで行っちゃった」

おねーさん「限界がなくなったにゃ?」

オッサン「いや。自分で引いてた」

少し間が空いた。

おねーさん「じゃあ、何十億年後はどうするにゃ?」

オッサン「知らん」

マスター「そこが限界か」

オッサン「うん。でも、どこにあるかは分かった」

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