カントの帰還
小さなバー。名前は《N+2》。
おねーさんが、カウンターに紙の束を置いた。
おねーさん「困ったにゃ」
オッサン「どうした」
マスター「アルバイトの問題か」
おねーさん「そうにゃ。今回は、世の中の人が『哲学』という言葉をどう捉えているか調べる仕事だったにゃ」
オッサン「ずいぶん大きなテーマだな」
おねーさん「でも、やることは単純だったにゃ」
マスター「どう調べた」
おねーさん「個人が作っているブログのカテゴリーを使ったにゃ。自分で『哲学』を選んで登録しているブログ・ランキング・サイトでにゃ」
オッサン「自己申告か」
おねーさん「そうにゃ。何が本当の哲学かを判定する調査じゃないにゃ。本人が『自分の書いているものは哲学に関係する』と考えて、そのカテゴリーを選んだ。その自己分類を見るにゃ」
マスター「世間一般の代表ではないな」
おねーさん「もちろんにゃ。ブログを書いて、自分で哲学カテゴリーに登録した人たちに限った探索的な調査にゃ」
オッサン「何を見た?」
おねーさん「何について書いているか。どういう説明をしているか。何を根拠にしているか。紹介文と記事を見たにゃ」
マスター「それで?」
おねーさん「困ったにゃ」
オッサン「だから何が?」
おねーさんは紙の束を見た。
おねーさん「哲学って何にゃ?」
***
オッサン「哲学科出た奴が俺に聞くなよ」
おねーさん「だから困ってるにゃ。まず調査結果だけ聞いてほしいにゃ」
マスター「事実だけか」
おねーさん「はいにゃ。分析は後にするにゃ」
一枚めくった。
おねーさん「哲学者や哲学書について書いているものがあったにゃ。倫理とか存在とか、いかにも哲学っぽい問題を扱っているものもあったにゃ」
オッサン「まあ、そうだろうな」
おねーさん「政治や社会について論じるものもあったにゃ。人生について考えるもの、日常の出来事から考えるものもあったにゃ」
マスター「そこまでは分かる」
おねーさん「宗教もあったにゃ」
オッサン「思想まで含めれば、まあ」
おねーさん「自己啓発もあったにゃ」
マスター「広がったな」
おねーさん「スピリチュアル、引き寄せ、占い、チャネリング、高次の存在からのメッセージもあったにゃ」
オッサン「ずいぶん広がったな」
おねーさん「独自の宇宙論や世界の仕組みを説明するものもあったにゃ」
マスター「それも本人が哲学として登録している?」
おねーさん「そうにゃ。だから除外してないにゃ」
オッサン「調査目的からすれば、除外したらダメだな」
おねーさん「はいにゃ」
紙を置いた。
おねーさん「以上が調査結果にゃ」
オッサン「で?」
おねーさん「ここからが私の悩みにゃ」
少し間が空いた。
おねーさん「これは、私の知っている哲学じゃないにゃ」
***
オッサン「じゃあ、お前の知ってる哲学って何だ?」
おねーさん「それが言えれば困ってないにゃ」
オッサン「哲学者について考えるのが哲学?」
おねーさん「それだと哲学者が生まれる前に哲学ができないにゃ」
マスター「哲学者について書いていない哲学も落ちる」
オッサン「じゃあ、哲学が扱う問題か」
おねーさん「例えば?」
オッサン「存在とは何か。善とは何か。幸福とは何か。人間とは何か」
マスター「世界とは何か」
オッサン「そういうの」
おねーさん「宗教も扱うにゃ」
マスター「文学も扱う」
オッサン「科学だって、人間や世界を扱うな」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「じゃあ、Whatじゃ切れないのか」
マスター「何を考えるか、では無理そうだな」
***
オッサン「だったらHowだ」
おねーさん「どう考えるか?」
オッサン「そう。哲学は疑う」
おねーさん「科学も疑うにゃ」
オッサン「言葉を定義する」
マスター「法学もやる」
オッサン「前提を疑う」
おねーさん「研究なら普通にやるにゃ」
オッサン「概念を分ける」
マスター「それも哲学専用じゃない」
オッサン「論証する」
おねーさん「数学者に怒られるにゃ」
オッサン「何も残らんじゃないか」
マスター「何も残らないんじゃない。それだけでは哲学だけを切り出せない」
オッサン「なるほど」
***
おねーさんは紙を見直した。
おねーさん「でも、WhatよりHowで見た方が、違いはよく見えるにゃ」
オッサン「どういうこと?」
おねーさん「例えば、同じ幸福について書いていても違うにゃ。自分の経験から考える人がいる。哲学書を使う人がいる。心理学で説明する人がいる。宗教の教えから説明する人もいるにゃ」
マスター「高次の存在から教えてもらう人もいる」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「対象は全部、幸福」
おねーさん「でも、どうやって幸福について知るのかが違うにゃ」
マスター「根拠も違う」
オッサン「経験、文献、論証、信仰、啓示……」
おねーさん「そうやって分けると、さっきまで一緒に見えていたものが分かれてくるにゃ」
オッサン「逆もあるな」
マスター「何が」
オッサン「同じ考え方で、全然違うものを扱える」
おねーさん「そうにゃ。概念を分析するなら、幸福でも仕事でも芸術でもできるにゃ」
オッサン「ネコも対象にできる」
おねーさん「ネコは重要な研究対象にゃ」
マスター「そこは今いい」
***
オッサン「そう考えると、俺たちも妙だな」
マスター「今さらか」
オッサン「いや、《N+2》だよ。何について考えるかというWhatは、めちゃくちゃだろ」
おねーさん「仕事、AI、幸福、音楽、数学、ネコ」
マスター「統一性はないな」
オッサン「でもHowは割と同じじゃないか?」
おねーさん「言葉の意味を確認するにゃ」
マスター「前提を疑う」
オッサン「評価基準を確認する」
おねーさん「目的と手段を分けるにゃ」
マスター「必要なら先行研究を見る」
オッサン「反例が出たら考え直す」
少し間が空いた。
オッサン「俺たち、哲学の話をしてるんじゃなくて、哲学っぽいやり方で、どうでもいいことを考えてるのか」
マスター「今ごろ気づいたか」
おねーさん「どうでもいいは余計にゃ」
***
オッサン「じゃあ、哲学はWhatじゃなくてHowなのか?」
おねーさん「そこまで言うと困るにゃ」
オッサン「なんで」
おねーさん「さっきやったにゃ。疑うのも、定義するのも、論証するのも、哲学だけじゃないにゃ」
マスター「Howで整理はできる。でも哲学の必要十分条件にはならない」
オッサン「また戻った」
おねーさん「戻ったにゃ」
オッサン「じゃあ目的は? 世界とか人間を根本から理解する」
おねーさん「宗教もそう言うにゃ」
マスター「認識論で切るか?」
おねーさん「違いは見えるにゃ。でも、何を根拠にするかだけで、哲学と哲学じゃないものが綺麗に分かれるわけでもないにゃ」
オッサン「対象でもダメ。方法でもダメ。目的でもダメ。認識論でも切れない」
マスター「分類はできた」
おねーさん「でも定義はできてないにゃ」
三人とも紙を見た。
***
しばらくして、マスターが言った。
マスター「そもそも、何を調べてた?」
おねーさん「にゃ?」
マスター「このアルバイトの目的」
おねーさん「世の中の人が『哲学』という言葉をどう捉えているかにゃ」
マスター「哲学そのものを定義する仕事だったか?」
おねーさん「違うにゃ」
オッサン「本人が何を哲学だと思っているかを、自己申告から調べてたんだよな」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「だったら、さっきから俺たちがやってること、少しずれてないか?」
おねーさん「どういうことにゃ?」
オッサン「俺たちはずっと、『何が哲学なのか』を決めようとしてた」
マスター「Whatだな」
オッサン「それでダメだから、『どう考えれば哲学なのか』を探した」
おねーさん「Howにゃ」
オッサン「それでもダメだった」
マスター「で、元の調査に戻ると?」
オッサン「……人は、どうやって何かを『哲学』だと判断してるんだ?」
おねーさんが黙った。
***
おねーさん「別のHowになったにゃ」
オッサン「ん?」
おねーさん「さっきのHowは、哲学する人が、どう考えるかだったにゃ」
マスター「哲学の方法だな」
おねーさん「今のHowは、私たちが、どうやって何かを哲学として認識するかにゃ」
オッサン「確かに違うな」
マスター「考える側のHowから、見る側のHowに移った」
おねーさん「そうにゃ」
***
オッサン「でも、それって当たり前じゃないか?」
マスター「何が」
オッサン「分類するなら、見る側が分類基準を決めるだろ。魚を生息場所で分けるか、食性で分けるか、大きさで分けるか。それだけの話じゃないの?」
おねーさん「それだけなら簡単にゃ」
オッサン「違うの?」
おねーさん「最初に私が何て言ったか覚えてるにゃ?」
オッサン「哲学って何にゃ?」
おねーさん「にゃ。で、その次にゃ」
マスター「『これは私の知っている哲学じゃない』」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「それが?」
おねーさん「私は調査対象を見て、それを哲学として変だと思ったにゃ」
オッサン「うん」
おねーさん「でも、変だと判断するためには、比較するものが必要にゃ」
マスター「お前が持っていた哲学のイメージか」
おねーさん「そうにゃ」
***
オッサン「つまり、調査対象だけを見てたわけじゃなかった?」
おねーさん「はいにゃ。私は外にある『哲学』を観察しているつもりだったにゃ。でも最初から、自分が持っている『哲学とはこういうもの』という枠を通して見てたにゃ」
マスター「調査結果がおかしかったわけじゃない」
おねーさん「私の枠と合わなかったにゃ」
オッサン「でも、登録した本人には本人の枠がある」
おねーさん「そうにゃ。その枠では、自分のブログは哲学に入るにゃ」
マスター「だから自己申告そのものがデータになる」
オッサン「なるほどな」
***
オッサンは並べられた紙を見た。
オッサン「最初は、外に『哲学というもの』があって、それが何なのか調べればいいと思ってた」
おねーさん「私もそう思ってたにゃ」
オッサン「それでWhatを調べた」
マスター「切れなかった」
オッサン「Howを調べた」
おねーさん「それでも切れなかったにゃ」
オッサン「で、最後には、何を哲学として見るのかという、見る側のHowに来た」
マスター「対象から認識する側に移ったな」
少し間が空いた。
オッサン「哲学とは何かを調べてたはずなのにな」
マスター「いつの間にか、哲学をどう認識しているかを調べてる」
おねーさん「しかも、その認識の仕方が、見えてくる世界を変えてるにゃ」
オッサン「対象だけの問題じゃなかったのか」
マスター「対象をどう捉えられるか。その条件の問題になった」
三人とも黙った。
しばらくして、おねーさんが顔を上げた。
おねーさん「……カントさんが帰ってきたにゃ」
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