内属
小さなバー。名前は《N+2》。
おねーさん「オッサン」
オッサン「ん?」
おねーさん「この前、inherentって、日本語に訳しにくいって言ってたにゃ」
オッサン「言ったな」
おねーさん「気になったから、日本語ではどう扱われてるのか調べたにゃ」
オッサン「また調べたのか」
おねーさん「アルバイトで鍛えられたにゃ」
マスター「で?」
おねーさん「訳語が安定しないにゃ。『固有の』『本来的な』『内在する』とか、文脈によっていろいろあるにゃ」
オッサン「まあ、inherentはそうだな」
おねーさん「それで名詞のinherenceまで追ったにゃ」
オッサン「何だった?」
おねーさん「内属」
オッサン「ないぞく?」
おねーさん「内に属する、の内属にゃ」
オッサン「聞いたことがないぞ、そんな日本語」
マスター「哲学用語だな」
おねーさん「明治の『哲学字彙』では、inherenceに『固有、附着』が当てられてるにゃ。今は哲学用語として『内属』が使われてるにゃ」
オッサン「へえ」
おねーさん「典型的には、性質が、それを担うものに属している関係にゃ」
オッサン「例えば?」
おねーさん「赤い紙なら、赤さが紙に内属する、みたいな話にゃ」
オッサン「なるほど」
少し考えた。
オッサン「でも、言い得て妙だな」
マスター「何が」
オッサン「内に属する。意味が字面で分かる」
おねーさん「哲学以外では、あまり見ないけどにゃ」
オッサン「なんで広まらなかったんだろうな」
おねーさん「そこは分からなかったにゃ。少なくとも、最初に誰が今の意味で『内属』を使ったのかまでは追えなかったにゃ」
マスター「日常会話なら、『この紙は赤い』で用が済むからじゃないか」
オッサン「ん?」
マスター「普通は、赤いという性質を言えばいい。『赤さが紙にどういう仕方で属しているか』まで問題にしない」
おねーさん「性質と、それを担うものとの関係そのものに名前が必要になるのは、その関係自体を問題にするときにゃ」
オッサン「哲学は、そこを問題にする?」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「だから日常語にならなかった?」
おねーさん「理由としては考えられるにゃ。でも、そこから先は推測にゃ」
オッサン「でも、これ使えるな」
マスター「何に使う気だ」
***
オッサン「最新版」
マスター「いきなり何だ」
オッサン「前に古本屋で考えたんだよ。『最新版』って何なんだって」
おねーさん「にゃ」
オッサン「本に『最新版』って書いてある。普通に考えたら、その本の属性だろ」
マスター「まあな」
オッサン「でも新版が出た瞬間、その本は最新版じゃなくなる」
おねーさん「本は何も変わってないにゃ」
オッサン「そうなんだよ。ページも文字も変わらない。なのに属性だけ消える。あのとき、『属性であって属性じゃない』みたいな気持ち悪さがあったんだ」
おねーさん「その本には内属してないにゃ」
オッサン「……それだ」
マスター「早速使えたな」
オッサン「そうか。最新版は、本そのものに内属する性質じゃないんだ」
おねーさん「それ、クサンチッペみたいにゃ」
オッサン「ソクラテスの嫁さんか」
マスター「なんで最新版からソクラテスの嫁が出てくる」
おねーさん「ソクラテスが死ぬにゃ」
マスター「いきなり死んだな」
おねーさん「するとクサンチッペは未亡人になるにゃ」
マスター「まあ、なるな」
おねーさん「でも、その瞬間にクサンチッペ自身の中で何かが変わる必要はないにゃ」
マスター「最新版と同じか」
おねーさん「そうにゃ。変わったのは、ソクラテスとの関係にゃ。それによって、クサンチッペについて『未亡人である』という記述が真になるにゃ」
マスター「本人は変わってないのに、本人について言えることが変わるのか」
おねーさん「そういう変化をCambridge changeと呼ぶにゃ」
オッサン「クサンチッペは変わってない。でも、変化した」
おねーさん「そう、そこがポイントにゃ。対象自身に内的な変化がなくても、対象について真である記述が変わるにゃ」
マスター「ソクラテスが生きている間は未亡人ではない。死ねば未亡人になる」
オッサン「なるほど。それで『最新版』と同じか。本は変わってないのに、『最新版である』が真じゃなくなる」
マスター「少なくとも構造は似てるな」
おねーさん「こういう問題は昔からあるにゃ。内在的な性質と外在的な性質とか、関係的性質とか、今のCambridge changeとかにゃ」
オッサン「じゃあ俺が古本屋で悩んでたこと、哲学者がとっくにやってたのか」
おねーさん「似た問題はやってるにゃ」
オッサン「ちぇっ」
マスター「何を悔しがってる」
オッサン「でも、ちょっと違うな」
マスター「何が」
オッサン「俺、最新版が外在的な性質だって名前を付けたいわけじゃない」
おねーさん「じゃあ何が気になるにゃ?」
オッサン「最新版って言えるために、本の外で何が効いてる?」
マスター「他の版」
おねーさん「それと時点にゃ」
オッサン「それ。それを知りたい」
***
オッサン「分類でも同じことが起きるんじゃないか」
マスター「ほら来た」
おねーさん「どう使うにゃ?」
オッサン「分類の始まりまで戻るか。動物、植物、鉱物」
おねーさん「ずいぶん戻ったにゃ」
マスター「博物学まで行ったな」
オッサン「自然物を見て、違いを拾って、分ける。形を見る。体のつくりを見る」
マスター「発生を見る。生化学的な性質を見る」
おねーさん「今ならDNAも見るにゃ」
オッサン「そう。そういうものは、少なくとも対象の側にあるよな」
マスター「形態もDNAも、観察者が分類するために作ったわけじゃない」
オッサン「内属してる」
おねーさん「そこは使えそうにゃ」
オッサン「でも、系統は?」
マスター「系統?」
オッサン「こいつとこいつが近縁だ、とか」
マスター「それは一個体の中にある性質じゃないな」
おねーさん「生物同士の歴史的な関係にゃ」
オッサン「じゃあ内属してない」
マスター「個体には、な」
オッサン「でも、人間が勝手に作ったわけでもない」
おねーさん「そうにゃ」
少し間が空いた。
オッサン「なるほど。内属してないイコール、人為的、じゃないのか」
マスター「当たり前だ。東京から札幌までの距離は、お前にも東京にも内属してない」
オッサン「でも関係としてはある」
おねーさん「系統も同じように、対象間の関係を扱ってるにゃ」
オッサン「じゃあ、系統的位置は系統関係に内属してる?」
おねーさん「待つにゃ」
オッサン「何?」
おねーさん「それは内属を使いすぎにゃ」
オッサン「もう?」
マスター「早かったな」
おねーさん「内属は、何かが何かに関係していれば何でも使える言葉じゃないにゃ。もともとは、性質と、それを担うものとの関係を問題にしてるにゃ」
オッサン「じゃあ、系統的位置は?」
おねーさん「個体には内属しない。でも、生物間の歴史的な関係によって成立する、くらいにしておくにゃ」
オッサン「長いな」
マスター「正確さはたいてい長い」
オッサン「じゃあ最新版は?」
おねーさん「その本には内属しない。他の版との比較と時点によって成立するにゃ」
オッサン「長い」
マスター「我慢しろ」
***
オッサン「別の分類で試そう」
マスター「まだやるのか」
オッサン「税金」
おねーさん「急に現実的になったにゃ」
オッサン「金を受け取ったとする」
マスター「いくら受け取ったか」
おねーさん「いつ受け取ったか」
オッサン「誰から、どういう理由で受け取ったか。実際に何が起きたか」
マスター「そこまでは取引の側の事実だな」
オッサン「じゃあ、『これは一時所得である』は?」
おねーさん「取引そのものに『一時所得』って書いてあるわけじゃないにゃ」
マスター「税法上の要件に当てはめて決まる」
オッサン「つまり、取引の事実だけでも決まらない」
マスター「法律がなければ、そもそも一時所得という区分がない」
オッサン「でも法律だけあっても決まらない」
おねーさん「取引事実が要るにゃ」
オッサン「変だな」
マスター「何が」
オッサン「取引側にある事実を使って分類してる。でも、分類結果そのものは取引に内属してない」
おねーさん「そうなるにゃ」
オッサン「しかも、対象に内属してないものが、分類結果に効いてる」
マスター「税法な」
オッサン「そう。それ、何て呼ぶ?」
マスター「知らん」
おねーさん「無理に名前を付けなくてもいいにゃ」
オッサン「長いんだよ。『対象には内属していないが分類結果の成立に関与するもの』」
マスター「成立条件でいいだろ」
オッサン「まだ保留」
マスター「何を狙ってる」
***
オッサン「ところで、さっきから自然科学って言ってるな」
マスター「言ってるな」
オッサン「自然科学も分類だよな」
おねーさん「学問の分類にゃ」
オッサン「じゃあ、自然科学と社会科学は何で分かれる?」
マスター「ずいぶん大きい話にしたな」
オッサン「入口だけ。社会科学は、ざっくり言えば社会を扱う」
マスター「ずいぶん雑だな」
オッサン「入口だからいい」
おねーさん「で?」
オッサン「そもそも、社会を形成するのは人間だけか?」
マスター「いや」
おねーさん「アリもハチもいるにゃ」
マスター「シロアリもな」
オッサン「シロアリには社会がある」
マスター「集団があって、分業があって、個体間の相互作用がある」
おねーさん「そこはシロアリの側にあるにゃ」
オッサン「でもシロアリ社会を研究したら?」
マスター「普通は生態学だな」
オッサン「自然科学」
おねーさん「人間社会なら社会学にゃ」
オッサン「社会科学」
少し間が空いた。
オッサン「シロアリ社会に『自然科学の対象』って性質が内属してるか?」
マスター「してないな」
おねーさん「人間社会に『社会科学の対象』が内属してるわけでもないにゃ」
オッサン「でも、シロアリが社会を作ってること自体は?」
マスター「対象側の事実だ」
オッサン「また同じだ」
おねーさん「何がにゃ?」
オッサン「対象側の事実を使ってる。でも、分類結果は対象だけでは決まらない」
マスター「研究上の問いもある。方法もある」
おねーさん「学問の歴史もあるにゃ」
マスター「研究者集団や大学制度も無関係じゃない」
オッサン「税金と似てる」
マスター「税法と学問制度を同じものだと思うなよ」
オッサン「分かってる。中身じゃない。構造の話」
***
オッサンはしばらく黙った。
オッサン「最新版」
マスター「うん」
オッサン「他の版と時点が要る」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「生物分類」
マスター「系統関係や分類体系が関わる」
オッサン「一時所得」
おねーさん「税法が要るにゃ」
オッサン「自然科学と社会科学」
マスター「問い、方法、学問史、制度」
オッサン「全部、対象には内属してない。でも分類結果には効いてる」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「非内属ファクタ」
マスター「作ったな」
オッサン「作った」
おねーさん「さっき内属を乱用して怒られたばかりにゃ」
オッサン「だから内属とは言ってない。非内属ファクタ」
マスター「逃げたな」
オッサン「便利だぞ」
マスター「ただし、それが一種類のものだと思うなよ」
オッサン「分かってる」
マスター「本当に?」
オッサン「最新版の時点は時間的な条件。系統は歴史的な関係。税法は制度。学問分類には方法や歴史まで入る」
おねーさん「同じ存在論的な種類じゃないにゃ」
オッサン「対象に内属していないのに、分類結果の成立に関与する、という一点だけでまとめた」
マスター「なら分析用の箱だな」
オッサン「箱か」
おねーさん「また箱を作ったにゃ」
***
おねーさん「でも、似た箱は哲学にもあるにゃ」
オッサン「あるの?」
おねーさん「さっきも言ったけど、内在的性質と外在的性質。関係的性質、クサンチッペのCambridge changeもそうにゃ。それから、社会的な分類や制度によって成立する事実を扱う議論もあるにゃ」
オッサン「じゃあ非内属ファクタ、要らない?」
おねーさん「ぴったり同じではないにゃ」
マスター「何が違う」
おねーさん「そっちは主に、その性質や関係や変化がどういうものなのかを問題にしてるにゃ」
オッサン「こっちは?」
おねーさん「オッサンが気にしてるのは、『AはBである』が成立するとき、Aの外から何が効いてるか、にゃ」
オッサン「ああ」
マスター「だから時点と税法が同じ箱に入るのか」
おねーさん「存在論的には全然違うものにゃ」
オッサン「でも、分類結果を作るときに対象の外から効いてる、という一点では同じ」
マスター「哲学のカテゴリーじゃなくて、分析のカテゴリーだな」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「分析のカテゴリー?」
マスター「最新版も、一時所得も、生物分類も、同じ種類のものじゃない。それでも同じ問いを当ててるだろ」
オッサン「その分類結果は、対象に内属してるか」
おねーさん「していなければ、何によって成立しているかを見るにゃ」
オッサン「そこで非内属ファクタを探す」
少し間が空いた。
オッサン「俺たち、分類を分類してないか?」
マスター「今さら気づいたのか」
おねーさん「してるにゃ」
オッサン「内属を軸に?」
マスター「軸というより、最初の検査じゃないか」
オッサン「検査?」
マスター「その分類結果が、対象自身の性質なのかを見る」
おねーさん「内属してるかどうかにゃ」
マスター「内属していないなら、そこで終わらない」
オッサン「何によって成立してるかを見る」
おねーさん「そこで非内属ファクタを探すにゃ」
オッサン「なるほど」
少し考えた。
オッサン「でも、もう一個あるな」
マスター「何だ」
オッサン「分類に使う材料と、分類結果は別だ」
おねーさん「どういうことにゃ?」
オッサン「DNAは生物の側にある。でも『何々科である』までDNAに書いてあるわけじゃない」
マスター「分類体系が入るからな」
オッサン「書いてはいない。でも、DNAの塩基配列を基に分類してる」
おねーさん「対象側にある性質を、分類の根拠にしてるにゃ」
オッサン「そう。人間が分類してるからって、好き勝手に分けてるわけじゃない」
マスター「対象側の差異に拘束されている」
オッサン「取引金額や日時は現実にある。でも『一時所得』は税法がないと出てこない」
おねーさん「本の本文や版も、その本の側にあるにゃ。でも『最新版』には他の版と時点が要る」
オッサン「そう。対象に内属する性質を材料にしても、分類結果まで対象に内属するとは限らない」
マスター「そこは大事だな」
***
オッサン「じゃあ、なんで俺たちは勘違いするんだ?」
マスター「何を」
オッサン「最新版が本の属性みたいに見えたり、一時所得が取引の属性みたいに見えたりすること」
おねーさん「言葉の形じゃないかにゃ」
オッサン「形?」
おねーさん「『この本は最新版である』」
マスター「『これは一時所得である』」
オッサン「『この生物は何々種である』」
おねーさん「『これは社会科学である』」
オッサン「全部同じだ」
マスター「AはBである」
オッサン「そうか」
少し間が空いた。
オッサン「消えてる」
マスター「何が」
オッサン「途中が全部消えてる」
おねーさん「最新版なら、他の版と時点が消えるにゃ」
マスター「一時所得なら税法と分類基準が消える」
おねーさん「生物分類なら、系統関係や分類体系が消えるにゃ」
オッサン「学問なら、問いも方法も歴史も消える」
マスター「残るのはAとBだ」
オッサン「だからBが、最初からAの中にあった性質みたいに見えるのか」
おねーさん「内属してるように見えるにゃ」
マスター「ただし、『AはBである』を全部同じ述定だと思うなよ」
オッサン「そこまで広げる気はないよ」
おねーさん「『このネコは白い』と『ネコは哺乳類である』と『この本は最新版である』では、同じ『AはB』でも中身は違うにゃ」
オッサン「今日は、BがA自身の属性みたいな顔をして出てくるときだけ」
マスター「適用範囲を限定したな」
オッサン「大学の先生みたいだな」
マスター「お前が雑なんだ」
オッサン「でも、その範囲では?」
おねーさん「非内属ファクタが文面から消えて、Bだけが残ることはあるにゃ」
オッサン「分類者が消えるだけじゃなかったんだ」
マスター「分類を成立させた条件も消える」
オッサン「なるほど。非内属ファクタって、消えた成立条件を逆算するための道具なのか」
おねーさん「そういう使い方なら、まとまるにゃ」
***
オッサン「そういえば、前にZ世代の話をしたな」
マスター「したな」
オッサン「『Z世代は仕事よりプライベートを重視する』」
おねーさん「『分布が属性になった』って話にゃ」
オッサン「一人一人が質問にどう答えたかは、観測された事実としてある」
マスター「そこから集計する」
おねーさん「世代の境界を決める。質問を決める。比較する。調査した時点もあるにゃ」
オッサン「でも最後には、『Z世代はプライベートを重視する』になる」
マスター「AはBである」
オッサン「全部消えた」
おねーさん「分布が属性になったにゃ」
オッサン「あのとき、自分で切った線を、最初からそこにあった線みたいに扱うな、って言ったよな」
マスター「言った」
オッサン「今なら、その途中で何が消えたのかまで探せる」
***
オッサン「面白いな」
マスター「何が」
オッサン「俺、inherentって単語は前から知ってたんだよ」
おねーさん「そうにゃ」
オッサン「Cambridge changeみたいな先行例まである」
マスター「お前が古本屋で哲学を発明したわけじゃない」
オッサン「分かってるよ」
おねーさん「やっぱり残念そうにゃ」
オッサン「でも、最新版と生物分類と税金と学問分類とZ世代は、俺の中では全部別の話だった」
マスター「今は?」
オッサン「最初に同じことを聞ける」
おねーさん「その性質は、対象に内属してるかにゃ?」
オッサン「してないなら、何によって成立してる?」
マスター「そこで対象の外を見る」
オッサン「非内属ファクタを探す」
おねーさん「名前が付くと持ち運べるにゃ」
オッサン「そういうことなんだろうな。概念って」
マスター「ただし、名前を付けたから実在するとは限らない」
オッサン「分かってる」
マスター「本当に?」
オッサン「……非内属ファクタ」
おねーさん「昨日までなかった言葉にゃ」
オッサン「俺たちが今作った」
マスター「しかも、存在論的に同じものを集めた箱ですらない」
オッサン「かなり雑な箱だな」
マスター「用途は明確だ」
オッサン「消えたものを探す」
おねーさん「AとBの間に何があったか、にゃ」
マスター「分類を疑うための概念装置か」
オッサン「自分で切った線を、最初からそこにあった線みたいに扱うな、だろ」
おねーさん「そのためだけの道具にゃ」
オッサン「でも、非内属ファクタって便利だな」
マスター「もう自然法則みたいな顔してるぞ」
おねーさん「作ったばかりにゃ」
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