嵌るなら轍か沼か
小さなバー。名前は《N+2》。
オッサン「鳥検定ってのができたらしい」
マスター「鳥?」
オッサン「鳥。公式テキストまで出てる」
おねーさん「オッサン、受けるにゃ?」
オッサン「受けない」
おねーさん「即答にゃ」
オッサン「いや、検定が嫌いなわけじゃないんだよ。ちょっと不思議なんだ」
マスター「何が」
オッサン「趣味なのに、なんで検定を受けるんだ?」
おねーさん「鳥が好きだからじゃないかにゃ」
オッサン「鳥が好きなら鳥を見ればいいだろ」
マスター「勉強してもいい」
オッサン「もちろんいい。でも、なんで試験を受ける?」
マスター「なるほど」
オッサン「学校を卒業したら、もう試験範囲なんかないんだぞ。好きな鳥を見て、気になったことを調べて、そこから好きなところへ行けばいい」
おねーさん「自由にゃ」
オッサン「そう。せっかく自由になったのに、公式テキストを買って、決められた範囲を勉強して、試験を受けて、合格点まで決めてもらう」
マスター「自分から学校に戻ってるように見えるわけか」
オッサン「そうなんだよ。せっかく軛(くびき)から解かれたのに、なんで自分からまた首を突っ込むんだ?」
マスター「楽だからだろ」
オッサン「え?」
***
マスター「公式テキストがある。試験範囲も決まってる。合格点もある。何をどこまで勉強するか、自分で決めなくていい」
オッサン「……ああ」
おねーさん「終点もあるにゃ」
オッサン「合格すれば、とりあえず終わりか」
マスター「級があるなら、その先も決まる」
オッサン「初級に受かったら中級」
おねーさん「中級に受かったら、その次にゃ」
オッサン「それ、本来は鳥を知ることとは別だよな」
マスター「別だな」
オッサン「なのに、級ができた途端に、級を上がることが目的になる」
マスター「次にすることを考えなくて済む」
オッサン「……軛を自ら進んでかける方が楽なのか」
マスター「自由は、自分で決めなきゃならんからな」
オッサン「何を知るか。どこまで知るか。次に何を知るか」
おねーさん「全部自分で決めるにゃ」
オッサン「選べるってことは、選ばなきゃならないってことでもあるのか」
***
おねーさん「その辺りなら、近い研究はあるにゃ。ゴルヴィッツァーたちの実行意図の研究にゃ」
オッサン「軛の研究?」
おねーさん「違うにゃ。目標を決めただけでは、人は必ずしも行動できないにゃ。いつ、どこで、どう行動するかをあらかじめ決めておくと、目標を実行しやすくなるにゃ。九十四の研究をまとめたメタ分析でも、実行意図は目標達成を促していたにゃ」
オッサン「行動をその場その場で決めなくてよくなるのか」
おねーさん「そういう面があるにゃ」
マスター「選択肢が少ないほどいい、という話ではないな」
おねーさん「そこは別にゃ」
オッサン「なるほど。自由には、決める作業が付いてくる」
マスター「検定はその一部を先に決めてくれる」
オッサン「だから楽、と」
***
オッサン「でも俺は、級なんかなくても鳥を見るけどな」
マスター「何種見た?」
オッサン「え?」
マスター「鳥」
オッサン「数えてないよ」
マスター「数える人はいる」
オッサン「いるな。ライフリストを作ったり、初めて見た鳥をライファーって言ったり」
マスター「百種達成とか」
オッサン「あるな」
おねーさん「ポケモンGOみたいにゃ」
オッサン「鳥をゲットしたら違法だぞ」
マスター「そこまでしなくても、見たという記録は増える」
おねーさん「図鑑が埋まっていくにゃ」
オッサン「……そう言われると似てるな」
少し考えた。
オッサン「待て。これ、鳥だけの話じゃないな」
***
マスター「何の話だ」
オッサン「コレクションだよ」
おねーさん「切手とかにゃ?」
オッサン「切手でもコインでもいい。本でもいい。神社仏閣、登った山、行った国、見た映画、取った資格でもいい」
マスター「物とは限らない」
オッサン「そう。鳥だって所有してない。山も国も所有してない」
おねーさん「経験も集められるにゃ」
オッサン「じゃあ、共通してるものは何だ?」
マスター「リストを充実させることか」
オッサン「たぶんな」
おねーさん「持ってる、持ってない。行った、行ってない。見た、見てないにゃ」
オッサン「集合を作って、自分がどこまで埋めたかを見る」
マスター「逆の観点だと、埋まっていないところは空欄だ」
オッサン「そう。空欄ができる」
***
おねーさん「コレクションそのものにも研究があるにゃ。マッキントッシュとシュマイケルは、収集には、具体的で達成可能な目標を作れて、進捗について具体的なフィードバックを得られるという面があると論じてるにゃ」
マスター「百個中六十個なら、どこまで来たか分かる」
オッサン「世界そのものには、六十パーセントなんて表示はないからな」
おねーさん「それから、キャリーはセット・コンプリーション、集合を完成させること自体が収集の動機になり得るモデルを出してるにゃ」
オッサン「全部揃えたい、か」
おねーさん「はいにゃ。キヴェッツたちのゴール勾配の研究では、目標に近づくほど行動が加速する現象が人間でも示されてるにゃ」
マスター「百個中、三個しか持ってない時より、あと三個の方が気になる」
おねーさん「そういう方向にゃ」
***
オッサン「じゃあ、空欄を埋めたくなること自体は、結構研究されてるんだな」
おねーさん「はいにゃ。ローヴェンスタインの情報ギャップ理論も近いにゃ。自分が知っていることと、知りたいことの間に隙間があると認識すると、その隙間が好奇心を生むという考え方にゃ」
オッサン「知らないことがある、だけじゃなくて、何を知らないかが見えてる」
おねーさん「そうにゃ」
マスター「空欄が見える」
オッサン「だから埋めたくなる。……分かった」
マスター「解決か」
オッサン「いや。それ全部、空欄ができた後の話だろ」
おねーさん「はいにゃ」
マスター「じゃあ、その前か」
オッサン「なんで空欄を作るんだ?」
***
オッサン「世界に空欄なんかないだろ。鳥はただいる。山はただある。本もある。そこに、見た、見てない、登った、登ってない、読んだ、読んでないなんてチェック欄はない」
おねーさん「人間が作るにゃ」
マスター「その前に分類も要る」
オッサン「ああ。何を一つと数えるか。どこからどこまでを集合にするか。それを決めないとリストすら作れない」
おねーさん「分類についてなら、もっと古くから研究されてるにゃ。ロッシュたちのカテゴリー研究にゃ。人間は世界を一個一個ばらばらに扱うんじゃなくて、カテゴリーにまとめて扱ってるにゃ。どの水準でまとめると情報をうまく扱えるか、という研究もあるにゃ」
マスター「複雑な世界を、そのまま全部扱わなくて済む」
オッサン「世界を扱える大きさに切るわけか」
おねーさん「そう考えることはできるにゃ」
オッサン「分類する。集合を作る。境界を引く」
マスター「そこで初めて空欄ができる」
***
少し間が空いた。
オッサン「変な話だな。人間は、自分で空欄を作って、自分で埋めて喜んでる」
おねーさん「穴を掘って埋めてるみたいにゃ」
オッサン「そうなんだけど、たぶん、それだけじゃない」
マスター「さっきの話とつながるか」
オッサン「たぶん」
おねーさん「カテゴリー化、収集、セット・コンプリーション、情報ギャップ、ゴール勾配、実行意図」
マスター「別々の研究だな」
オッサン「ああ。一つの理論じゃない。だから、ここからは俺たちの考察だ」
***
オッサン「世界中のことを知りたい、とする」
マスター「また大きく出たな」
オッサン「例だよ。今日一日勉強した。何パーセント進んだ?」
おねーさん「分からないにゃ」
オッサン「一生勉強したら?」
マスター「やっぱり分からんな」
オッサン「世界そのものには進捗率がない」
マスター「終点もない」
おねーさん「次に何をすればいいかも決まってないにゃ」
オッサン「でも、世界を百個に切ったら?」
マスター「三十個で三割」
おねーさん「残り七十個にゃ」
オッサン「現在位置ができる」
マスター「次にやることも決まる」
オッサン「空欄を埋めればいい。全部埋めれば終われる」
***
少し考えた。
オッサン「そうか。空欄って、欠けている場所を示してるだけじゃないんだ」
マスター「次に何をするかも示してる」
オッサン「行動指示か」
おねーさん「一個埋めたら、次の空欄にゃ」
マスター「現在位置も終点も分かる」
オッサン「コレクションって、無限で方向のない世界を、自分が行動できる有限の世界に変換してるんじゃないか?」
マスター「仮説だな」
オッサン「ああ」
おねーさん「さっきの研究をつないだ先の考察にゃ」
***
マスター「最初の話にも戻るな」
オッサン「軛を負うと楽、か」
マスター「ああ」
オッサン「完全な自由って、本当は楽じゃないからな」
おねーさん「例えば?」
オッサン「大海のど真ん中で船だけ渡されて、『どこへ行っても自由です』って言われる」
マスター「地図がない」
おねーさん「自分がどこにいるかも分からないにゃ」
オッサン「そう。地図とコンパスと現在位置が要る」
マスター「それがあれば、自分で行き先を決められる」
オッサン「ああ。知の探検に戻れる」
おねーさん「地図の外は?」
オッサン「冒険だな。でも、そこまで自分で行く必要はない」
マスター「研究者に任せてもいい」
オッサン「そう。研究のプロが地図を広げてくれたら、その新しい地図でまた探検すればいい」
***
マスター「それで、検定か」
オッサン「ああ、ものすごく親切だ」
おねーさん「公式テキストが地図にゃ」
マスター「初級、中級で現在位置が分かる」
オッサン「合格という目的地がある」
おねーさん「出題範囲が航路にゃ」
少し間が空いた。
オッサン「全部あるじゃん」
マスター「だから楽なんだろ」
オッサン「そうだな」
おねーさん「軛じゃなかったにゃ?」
オッサン「…軛というより轍(わだち)だな。」
***
オッサン「最初から好き勝手に海へ出なくてもいいんだな」
マスター「出てもいい」
オッサン「もちろん。でも、まず既存の航路を走ってみるのもありだ」
おねーさん「知らなかったものを知るにゃ」
マスター「自分が何を知らないかも分かる」
オッサン「そのうち気になるものが出てきたら、航路を外れればいい」
マスター「今度は地図もコンパスもある」
オッサン「ああ」
***
マスター「ただし、その地図は大海の全てを網羅している訳じゃない」
オッサン「そうなんだよ。公式テキストを全部覚えたって、世界を全部知ったわけじゃない」
おねーさん「リストを全部埋めても同じにゃ」
オッサン「ああ」
少し考えた。
オッサン「むしろ、ここで逆になるんだな」
マスター「何が」
オッサン「リストなら、知るほど空欄が減る。でも、本当に何かを調べ始めると、一つ知ると知らないことが見える。その知らないことを調べると、また別の知らないことが見える」
マスター「空欄が増える」
オッサン「ああ」
しばらく三人とも黙った。
オッサン「コレクションは、空欄を減らしていく」
おねーさん「知るほど埋まるにゃ」
オッサン「知の探検は、空欄を増やしていくのかもしれないな」
おねーさん「終わらないにゃ」
マスター「困るか」
オッサン「いや」
少し考えた。
オッサン「そっちは、ワクワクする」
***
おねーさん「ところで、鳥検定の話だったにゃ」
オッサン「そうだった」
マスター「ずいぶん遠くまで行ったな」
オッサン「探検だからな」
マスター「それで、受けるのか」
オッサン「受けない」
おねーさん「やっぱり受けないにゃ」
オッサン「俺には今のところ要らない」
マスター「じゃあ、検定自体もいらない?」
オッサン「いや」
オッサンは少し考えた。
オッサン「どこから鳥を知ればいいか分からないなら、受けてみればいいんじゃないか」
おねーさん「自分から轍に嵌まるにゃ?」
オッサン「自分で選んだ轍だろ」
マスター「で、お前は好き勝手に動き回った結果、沼に嵌ってバズーカみたいなレンズを振り回している、と」
オッサン「レンズはレンズで、また別の沼があるからな。まあ、轍だって嵌ったら抜け出せないのは同じだ」
マスター「それ、嵌まるの意味が根本のところで違わないか?」
おねーさん「抜け出しやすさも全く違うにゃ」
***
この話で参照した主な文献
Carey, C. (2008). “Modeling collecting behavior: The role of set completion.” Journal of Economic Psychology, 29(3), 336–347. DOI: 10.1016/j.joep.2007.08.002.
Gollwitzer, P. M., & Sheeran, P. (2006). “Implementation intentions and goal achievement: A meta-analysis of effects and processes.” Advances in Experimental Social Psychology, 38, 69–119. DOI: 10.1016/S0065-2601(06)38002-1.
Kivetz, R., Urminsky, O., & Zheng, Y. (2006). “The Goal-Gradient Hypothesis Resurrected: Purchase Acceleration, Illusionary Goal Progress, and Customer Retention.” Journal of Marketing Research, 43(1), 39–58. DOI: 10.1509/jmkr.43.1.39.
Loewenstein, G. (1994). “The psychology of curiosity: A review and reinterpretation.” Psychological Bulletin, 116(1), 75–98. DOI: 10.1037/0033-2909.116.1.75.
McIntosh, W. D., & Schmeichel, B. (2004). “Collectors and Collecting: A Social Psychological Perspective.” Leisure Sciences, 26(1), 85–97. DOI: 10.1080/01490400490272639.
Rosch, E., Mervis, C. B., Gray, W. D., Johnson, D. M., & Boyes-Braem, P. (1976). “Basic objects in natural categories.” Cognitive Psychology, 8(3), 382–439. DOI: 10.1016/0010-0285(76)90013-X.
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