オタクの哲学談義編 葬送のフリーレン

小さなバー。名前は《N+2》。

オッサン「なあ、葬送のフリーレン、知ってる?」

マスター「ああ」

おねーさん「知ってるにゃ」

オッサン「でさ、嫁さんがフリーレンは説教臭いって言うんだよ」

マスター「そうか」

オッサン「そうか、じゃないんだよ」

おねーさん「オッサン、フリーレン好きだったにゃ」

オッサン「好きだよ。だから納得いかない」

マスター「嫁さんに言え」

オッサン「言ったよ」

おねーさん「どうなったにゃ」

オッサン「別に喧嘩にはならないよ。結婚三十三年だぞ」

マスター「じゃあ終わりだろ」

オッサン「終わらない。なんで説教臭く見えるのかが気になる」

おねーさん「そっちに行ったにゃ」

オッサン「だって、説教してる?」

マスター「してないな」

おねーさん「少なくとも、ずっと誰かが教訓を語ってる話ではないにゃ」

オッサン「だろ?」

マスター「でも嫁さんは説教臭いと感じた」

オッサン「そこなんだよ」

マスター「直接的な説教がない以上、説教の内容云々じゃないな」

オッサン「じゃあ何だよ」

おねーさん「評価にゃ」

オッサン「評価?」

おねーさん「この人はこういう人だった。この行動にはこういう意味があった。後から分かることが多いにゃ」

マスター「最初に見たときとは、その人物に対する評価が変わる。種明かしがあってな」

オッサン「ああ。それは多いな」

おねーさん「その瞬間は気持ちいいにゃ」

オッサン「そうなんだよ。ああ、そういうことだったのか、ってなる」

マスター「それが好きなんだろ」

オッサン「好き」

マスター「じゃあいいだろ」

オッサン「だから終わらせるなよ」

おねーさん「でも、その『そういうことだったのか』は、誰が決めたにゃ」

オッサン「作者だろ」

マスター「作品だな」

オッサン「……あ」

おねーさん「何にゃ」

オッサン「評価関数を後から渡されてるのか」

マスター「どういうことだ」

オッサン「最初は、ある行動をどう評価すればいいか分からない。情報が足りなかったり、本人が何を考えてたのか分からなかったりする」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「で、あとから別の情報が出てくる。それが、『あの行動』の種明かしになる」

マスター「そして、再評価だな」

オッサン「そう。で、それまでの場面が一気につながる」

マスター「カタルシスになる」

オッサン「そうなんだよ。しかも、その評価の軸というか、評価関数が、作品を通じて一本通ってる。『勇者ヒンメルなら、そうした』とか、他の二人なら、とか。たまにフリーレンなら、というのを他の登場人物に言わせてる。でも、それすら大抵は勇者ヒンメルに行き着く」

おねーさん「なら、やっぱりいいにゃ」

オッサン「いや、待て」

マスター「今度は何だ」

オッサン「……これ、水戸黄門と同じじゃない?」

マスター「ずいぶん飛んだな」

おねーさん「どこが同じにゃ」

オッサン「最後に、評価が確定する。しかも、毎回、評価関数は同じ」

マスター「悪代官は悪い」

おねーさん「黄門様が裁くにゃ」

オッサン「そう。で、印籠が出る」

マスター「毎回出るな」

オッサン「出るの分かってるじゃん」

おねーさん「出なかったら困るにゃ」

オッサン「でも気持ちいい」

マスター「そういう話だからな」

オッサン「評価が確定して、解決する。構造は似てるじゃん」

おねーさん「でも、水戸黄門は説教臭くないにゃ」

オッサン「……そうなんだよ」

マスター「違いはそこか」

オッサン「なんでだ?」

おねーさん「最初から分かってるからじゃないかにゃ」

オッサン「何が?」

おねーさん「誰をどう評価するかにゃ」

マスター「悪代官が出てきてから、こいつは本当は善人かもしれない、とはあまり考えないな」

オッサン「考えない」

おねーさん「黄門様が最後に出てきて、『実はこの人が悪人でした』って教えるわけでもないにゃ」

オッサン「あ」

マスター「評価関数を隠してない」

オッサン「最初から渡してるのか」

おねーさん「だから、見る側は評価で迷わないにゃ」

マスター「最後にやるのは評価じゃなくて執行だ」

オッサン「印籠は評価関数の種明かしじゃないんだ」

おねーさん「もう分かってることを確定するにゃ」

オッサン「だから安心して待てる」

マスター「いつ出るかをな」

オッサン「フリーレンは逆か」

おねーさん「隠すにゃ」

オッサン「隠すって言うと悪く聞こえるな」

マスター「すぐには見せない」

オッサン「そう。それだ」

おねーさん「最初は意味が分からないまま置いておくにゃ」

マスター「あとから材料を出す」

オッサン「で、『そういうことだったのか』になる」

おねーさん「そこで評価関数も見えるにゃ」

オッサン「でも、その瞬間に分かっちゃうんだよ」

おねーさん「何がにゃ」

オッサン「最初から、どこに着地するように作られていたのか」

マスター「評価関数が似てるから、着地点も似るわけか」

オッサン「そう。それが好きな俺には気持ちいい。でも同時に、やっぱり、そこに行っちゃった、って感じもする」

おねーさん「水戸黄門は最初からそこにいるにゃ」

オッサン「ああ!」

マスター「うるさい」

オッサン「それだよ。水戸黄門は最初から、それがお約束だ。だから最後にそこへ連れていかれた感じがしない」

おねーさん「最初からみんなでそこにいるにゃ」

マスター「印籠が出るのを待ってるだけだ」

オッサン「フリーレンは、どこへ連れていかれるか分からない。でも、行き着く先は似ている」

オッサン「だからカタルシスは大きい」

マスター「その分、誘導された感じも出る」

オッサン「それが、説教臭さの正体」

マスター「嫁さんは、そこを感覚的に看破してたんだろうな」

オッサン「なんで俺が好きで、嫁さんが説教臭いと感じるのか、両方分かった気がする」

おねーさん「どっちも同じものを見てるにゃ」

マスター「反論するんじゃなかったのか」

オッサン「そのつもりだった」

おねーさん「でも、フリーレンが嫌いになったわけじゃないにゃろ?」

オッサン「全然」

マスター「ならいいだろ」

オッサン「……なるほどな」

マスター「よかったな」

オッサン「よし。帰ったら嫁さんに説明しよう」

マスター「やめとけ」

おねーさん「やめた方がいいにゃ」

オッサン「なんで?」

おねーさん「説教臭いにゃ」

マスター「いや、臭いんじゃない。説教そのものだ」

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