第四話-4 パンドラの匣

小さなバー。名前は《N+2》。

オッサン「今日は、ちょっと真面目な話をしていいか」

マスター「いつも真面目に話せ」

おねーさん「何の話にゃ?」

オッサン「パンドラの匣」

マスター「ギリシャ神話か」

おねーさん「珍しいにゃ」

オッサン「これな。子供の頃から、ずっと分からないことがあったんだよ」

マスター「何が」

オッサン「話そのものは分かる。パンドラが開けてはいけないものを開けた。そこから人間を苦しめる災厄が飛び出した」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「病気とか、苦労とか、そういうものが世界に広がった。でも、希望だけは中に残った」

マスター「よく知られている話だな」

オッサン「子供向けの本だと、だいたいそこで救いのある話になるんだよ。世界にはいろんな災厄がある。でも人間には希望が残された、みたいな」

おねーさん「そういう説明は多いにゃ」

オッサン「でも、俺、子供の頃からそこが分からなかった」

マスター「何が分からない」

オッサン「なんで希望が、災厄と一緒に入ってたんだ?」

少し間が空いた。

オッサン「希望って、いいものなんだろ?」

マスター「その説明ならな」

オッサン「だったら最初から外に置いとけばいいじゃん」

おねーさん「そこに引っ掛かったにゃ?」

オッサン「うん。病気、苦労、その他もろもろ、人間にとって嫌なものを壺に封じ込めておきました。分かる。そこに希望も入れておきました。なんで?」

マスター「子供の頃から面倒くさいな」

オッサン「俺もそう思う」

***

オッサン「もちろん、大人になってから調べたよ」

マスター「何を」

オッサン「パンドラの話。俺みたいなことを考えた奴がいないわけないからな」

おねーさん「いっぱいいるにゃ」

オッサン「そう。で、希望が壺に残ったことについては、昔からいろんな解釈がある」

マスター「例えば?」

オッサン「一つは、普通に俺が子供の頃に読んだやつ。災厄が世界に広がっても、人間が生きていけるように希望だけは残された」

おねーさん「希望を人間のために保存した、と読む立場にゃ」

オッサン「そう。それなら希望は善だ」

マスター「他は」

オッサン「逆。希望は壺の中に閉じ込められてしまった。災厄は人間世界に出たのに、希望は人間に与えられなかった」

マスター「それなら救いのない話になるな」

オッサン「そう。もう一つは、希望そのものを災厄の一種として読む。実現するか分からない希望を持つから苦しみが長引く、とか、そういう方向」

おねーさん「細かく分ければもっといろいろあるけど、大きく整理するならそんな感じにゃ」

オッサン「どれも面白いんだよ。それぞれ筋も通ってる」

マスター「ならいいだろ」

オッサン「よくない」

マスター「なぜだ」

オッサン「俺が知りたかったのは、希望が残ったことが人間にとって良かったのか悪かったのかじゃないんだ」

マスター「何が知りたい」

オッサン「なんで最初から一緒に入ってたんだよ」

***

オッサン「で、そのまま何十年も忘れてた」

マスター「忘れていたのか」

オッサン「四六時中パンドラのこと考えて生きてるわけないだろ」

おねーさん「それはそうにゃ」

オッサン「ところが、この前ここでリスクと煩悩の話をしただろ」

マスター「ああ」

オッサン「あれも論証したわけじゃない。思いつきだ」

おねーさん「リスクも煩悩も、あれば苦しむ。でも、なくせばいいとも単純には言えない、って話にゃ」

オッサン「そう。それを話してて、昔から引っ掛かってたパンドラの話を思い出した」

マスター「どうつながった」

***

オッサン「災厄って、あるんだよ」

マスター「ああ」

オッサン「病気もある。事故もある。天災もある。失敗もある。人間が嫌だと言ったところでなくならない」

おねーさん「はいにゃ」

オッサン「リスク論って、災厄が存在しない世界を作る学問じゃないだろ」

マスター「そうだな」

オッサン「起こるかもしれない。だから予測する。避けられるなら避ける。避けられないなら確率を下げる。起きたときの被害を小さくする。備える。受け入れることもある」

マスター「マネージする」

オッサン「そう。災厄はある。それをマネージする」

少し間が空いた。

オッサン「そのとき、パンドラの希望がつながった」

おねーさん「希望にゃ?」

オッサン「うん。災厄が全部外に出た。でも、希望は残った」

マスター「ああ」

オッサン「もし希望までなくなったら、人間は災厄をどうする?」

マスター「どういう意味だ」

オッサン「病気になる。事故が起きる。作物が取れない。明日もっと悪くなるかもしれない。そこで、何をやっても未来は変わらないと思っていたら?」

おねーさん「対処する理由が弱くなるにゃ」

オッサン「少しでも良くなるかもしれない。避けられるかもしれない。被害を減らせるかもしれない。次はうまくいくかもしれない」

マスター「それを希望と呼ぶのか」

オッサン「少なくとも、俺が子供の頃に読んだ『希望』ならな」

オッサンはグラスを置いた。

オッサン「そこで初めて、災厄と希望が同じところに入ってたのが、俺には分かった気がしたんだ」

***

マスター「待て」

オッサン「うん」

マスター「それは、お前が現代のリスク論を古代ギリシャ神話に投影しているだけじゃないのか」

オッサン「そうだよ」

マスター「認めるのか」

オッサン「ヘシオドスがリスク・マネジメントを考えてパンドラを書いた、なんて言う気はないよ」

おねーさん「それを言ったら、かなり大変なことになるにゃ」

オッサン「俺が言ってるのは作者の意図じゃない。リスク論をやった後でこの神話を読むと、こういう読み方もできるんじゃないかってこと」

マスター「後世の概念を使った再解釈か」

オッサン「そう。神話なんて、そうやって使ってもいいだろ。プラトンだって神話を使って考えてるじゃん」

おねーさん「ずいぶん大きい人を盾にしたにゃ」

オッサン「便利だからな」

マスター「プラトンがお前の解釈を保証してくれるわけじゃないぞ」

オッサン「当たり前だ」

***

おねーさん「一つ確認していいかにゃ」

オッサン「うん」

おねーさん「さっきから『希望』って言ってるけど、原文では elpis にゃ」

オッサン「そこなんだよ。俺、古代ギリシャ語なんか読めないから」

マスター「お前は読めるのか」

おねーさん「辞書と注釈があれば、何とか追えるくらいにゃ。専門家ではないにゃ」

オッサン「十分だよ」

おねーさん「elpis は、日本語の『希望』だけに固定しない方がいいにゃ。期待とか予期とか、未来についての見込みまで含む言葉として考えた方がいいにゃ」

オッサン「それ、俺の話には都合がいいな」

おねーさん「都合がいいから採用するのは駄目にゃ」

オッサン「はい」

マスター「今日は素直だな」

おねーさん「でも、面白くはなるにゃ。『良い未来を信じる希望』だけじゃなくて、『未来について何かを予期すること』まで含めるなら、リスクとの関係は少し近くなるにゃ」

マスター「未来を考えるから、まだ起きていない災厄にも対処できる」

おねーさん「そうにゃ。ただし、elpis という言葉にそういう意味があることと、この神話がリスク論を表していることは別問題にゃ」

オッサン「分かってる」

***

マスター「もう一つ」

オッサン「どうぞ」

マスター「希望があるから災厄が生まれる、と言っているのか」

オッサン「違う。災厄はある。希望なんかなくても地震は起きるし、病気にもなる」

おねーさん「ハザードそのものは消えないにゃ」

オッサン「そう。俺が言いたいのは、希望が災厄を作るってことじゃない。災厄がある世界で、それでも何とかしようとするってことだ」

マスター「希望があるから対策する?」

オッサン「そう考えた」

マスター「恐怖でも対策はする」

オッサン「するな」

マスター「義務でもする」

オッサン「する」

マスター「なら希望は必要条件ではない」

オッサン「そうだな」

少し沈黙した。

オッサン「そこは弱いな」

おねーさん「でも、オッサンが説明したいのは、人間がリスク・マネジメントをするための必要十分条件じゃないにゃ」

マスター「災厄と elpis が同じ壺に入っていたことか」

おねーさん「そうにゃ」

マスター「話を大きくしすぎるな、ということだな」

オッサン「なるほど」

***

オッサン「じゃあ、こうだな。災厄はある。それでも未来に何らかの可能性を見る。良くなるかもしれない。避けられるかもしれない。被害を減らせるかもしれない」

マスター「だから何かする」

オッサン「そう。俺には、それで災厄と希望が同じ壺に入っていたことが、そんなに変に見えなくなった」

おねーさん「善と悪として反対側に置かなくなったにゃ」

オッサン「そうなんだよ。子供の頃は、災厄が悪で、希望が善だと思ってた。だから、なんで一緒に封印したのか分からなかった」

マスター「今は?」

オッサン「災厄がある。そして、それでも未来に何かを期待する。その二つが一緒にあるから、人間は災厄のある世界で何とかしようとする」

おねーさん「リスクをマネージするにゃ」

オッサン「そう」

***

マスター「それで、煩悩の話とはどうつながる」

オッサン「俺には裏表に見えるんだよ」

マスター「欲望や希望があるからリスクを引き受ける。一方で、希望があるから、そのリスクを何とかしようとする」

おねーさん「入口にも出口にもいるにゃ」

オッサン「そうなんだよ」

少し沈黙した。

オッサン「だから、リスクって単純に減らせばいいものじゃないんじゃないかって、ずっと思ってる」

マスター「そこから先は、この前やったな」

オッサン「うん」

***

おねーさん「それ、どこかに書いたことあるにゃ?」

オッサン「ない」

マスター「発表は」

オッサン「してない」

おねーさん「先行研究は調べたにゃ?」

オッサン「途中までは。でも古典学だけでも大変だろ。希望論もある。リスク論も整理しなきゃならん。煩悩まで入れたら仏教も調べなきゃならん」

おねーさん「大きくしすぎたにゃ」

オッサン「そうなんだよ」

マスター「分ければいいだろ」

オッサン「分けたら全部やらなきゃならんだろ」

マスター「当たり前だ」

オッサン「時間がない」

おねーさん「何年くらい考えてるにゃ?」

オッサン「忘れた。かなり前」

マスター「時間はあっただろ」

オッサン「時間があったことと、これに使う時間があったことは違う」

マスター「便利な言い訳だな」

オッサン「だから論文にしてないんだよ」

***

しばらく誰も話さなかった。

マスターがグラスを拭いた。

マスター「仮説としては、分からなくはない」

オッサン「お」

マスター「褒めてはいない」

オッサン「分かってる」

マスター「ヘシオドスの意図だと言い出せば駄目だ。希望がリスク・マネジメントの必要条件だと言っても駄目だ。煩悩との類似もまだ思いつきだ」

オッサン「はい」

マスター「ただ、なぜ災厄と希望が同じところにあったのか、という問いに対する一つの読みとしては成立する」

オッサン「それで十分」

おねーさん「原典側も、完全に無理な読みとは言えないにゃ。ただし elpis の語義と解釈史は、ちゃんと調べた方がいいにゃ」

オッサン「やっぱり?」

おねーさん「発表するならにゃ」

オッサン「しない」

マスター「即答だな」

オッサン「だって時間ないもん」

おねーさん「じゃあ、今日は何だったにゃ?」

オッサンはグラスを持ち上げた。

オッサン「発表」

マスター「ここでか」

オッサン「二人に聞いてもらった。批評も受けた」

おねーさん「査読は通ってないにゃ」

オッサン「リジェクトされた?」

マスター「査読に出してない」

オッサン「じゃあ、まだ生きてるな」

おねーさん「希望が残ったにゃ」

オッサンは少し黙った。

オッサン「……それ、今日の話としては出来すぎじゃない?」

マスター「そのくらいでやめておけ」

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